2018年03月15日木曜日

中学校給食が大好評!

 「『弁当より 給食が好き!』 ママ激怒」

 これは、川崎市の人口150万人突破を記念して行われた「川柳コンテスト」で、優秀賞に輝いた中学3年の作品です。他にも「あたたかい 健康給食 人の愛」という中学2年の作品が優秀賞に。
 中学校給食が多くの中学生に喜ばれていることがわかり、感動しました。
 

wrote by m-hamada メイン: 13:26

2017年06月21日水曜日

藤井聡太四段の中学校担任の言葉

 「とことん自分で考え、納得したことはやる生徒だと思った」。

 これは、将棋の世界で歴代最多の29連勝を記録した、藤井聡太四段が通っている中学校で、クラス担任をされている先生の言葉です。学校ではどんな生徒なのかを取材した、東京新聞で紹介されていました(6月21日づけ夕刊)。
 クラス担任の先生は、藤井四段から、授業にしっかりと取り組んでいる場合でも自宅で宿題をしなければならないのかという、宿題の必要性について質問された際に、「宿題は授業の一環で、授業を補完するから必要」と説明して納得が得られた、と述べられています。
 将棋の厳しい対局を思わせるようなやり取りですが、とことん考える姿勢はぜひとも学びたいと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 21:43

2017年04月08日土曜日

松下電器産業(現パナソニック)元社長・森下洋一さんの言葉

 「天命に任せて人事を尽くす」。
 
 松下電器産業(現パナソニック)の元社長である森下洋一さん(もりした よういち、1934(昭和9)年6月23日~2016(平成28)年12月18日)の言葉です。平成29年4月8日づけの読売新聞・夕刊「追悼抄」の中で紹介されていました。
 
 「『経営の神様』と呼ばれた松下幸之助氏が創業した松下電機産業(現パナソニック)の社長職は、『人事を尽くして天命を待つ』気持ちでは務まらない」と、また、「バブル崩壊後の1993年2月、5代目社長に就任すると、『何が何でも結果を出す』という強い決意を込め、座右の銘とした」とも書かれており、感動しました。
 
 ビリビリと電気が伝わってくるようなお気持ちが感じられ、胸に残りました。
 

wrote by m-hamada メイン: 21:48

2017年02月07日火曜日

中学校の校長先生の言葉

 「中学校給食が始まり、昼食時の生徒の姿勢が良くなり、明るくなった」。

 本年1月から「自校調理方式での中学校給食」がスタートした、多摩区・中野島中学校の校長先生の言葉です。視察させていただき、説明を伺う中で、実感のこもった言葉として心に残りました。

 校長先生のお話では、「中学生という思春期にあるためか、お弁当の時は自分の弁当を見られたくないと隠す生徒が多く、教室が何となく暗い感じでしたが、みんなが同じものを食べる給食に変わり、明るくなりました。また、お弁当では弁当箱を持つ人が少なく、口を弁当箱に近づけるようにして食べる生徒が多かったので、みんな猫背気味でしたが、給食では皆が食器を手に持つため、姿勢がよくなりました」ということ。
 中学校給食を推進してきて良かったなと胸が熱くなりました。

 本年9月には南部給食センターが開業し川崎区・幸区などの22校で、12月からは中部給食センター(14校)と北部給食センター(12校)が開業し、「給食センター方式としての中学校給食」もスタート。すべての市立中学校(52校)で、中学校給食が実施されることになります。
 

wrote by m-hamada メイン: 21:53

2016年05月04日水曜日

脚本家・橋田壽賀子さんの言葉

 「夫婦がいい関係でいるための秘訣は『責めない』『束縛しない』『思いやる』の三つだと思います。お互いを尊重し、感謝の言葉を惜しまないようにしたいですね」。

 90歳を迎えて『私の人生に老後はない』(海竜社)を出版された、脚本家・橋田壽賀子さんの言葉です。5月4日付の聖教新聞で、「渡る世間を楽しむ知恵」とのタイトルがついたインタビュー記事の中で紹介されていました。

 自分自身の失敗の経験などを思い起こしながら、なるほどなあと納得しました。
 もう少し早く知りたかった、とも思いました。
 
 

wrote by m-hamada メイン: 21:09

2016年04月17日日曜日

作詞家・橋本淳さんの言葉

 「港の見える丘公園から見渡すと、川崎の工業地帯で青い光が小さく輝いていた。『ブルー・ライト』の言葉が浮かんだ。」

 作詞家・橋本淳(はしもと じゅん)さんの言葉です。
 橋本淳さんは、昭和14(1939)年7月8日生まれで、本名は与田凖介(よだ じゅんすけ)さんで、父親は詩人・児童文学者の与田凖一さん(1905年 - 1997年)。『ブルー・シャトウ』、『亜麻色の髪の乙女』、『カナダからの手紙』など、すでに2,000曲以上を作詞されて発表しておられます。
 この言葉は、4月17日付の読売新聞の「レジェンドかながわ」に掲載されており、昭和43(1968)年に歌謡曲「ブルー・ライト・ヨコハマ」を作詞されたときのお話として紹介されています。

 レコード会社の担当者から、いしだあゆみさんの歌を3曲作ってほしいと頼まれ、その3曲目の素材を求めて横浜をドライブしていて、港の見える丘公園に行かれたようです。
 川崎の光を見られたのでしたら、「ブルー・ライト・カワサキ」と歌ってほしかったなとも思いましたが、今から48年前の時点で、すでに川崎の工場夜景が大作詞家に良いインスピレーションをもたらすような、大きな魅力を備えていたということではないかと思い、感動しました。

 

wrote by m-hamada メイン: 21:07

2015年12月22日火曜日

芥川賞作家・柴田翔さんの言葉

 「学生を観察し、小説を書くなかで、『自分が正しい』『周りより上だと認められたい』との感情が、人を動かしているのではないかと思った。単純に言えば、人間の中にある弱さです」。
 
 昭和39(1964)年に「されど われらが日々―」で芥川賞を受賞された、柴田翔さん(しばた しょう、1935年1月19日生まれ、ドイツ文学者、東京大学名誉教授、私立武蔵高校、東京大学大学院独文科)の言葉です。
 12月22日の朝日新聞・夕刊「時代のしるし」の中で紹介されていました。
 
 人間の深層心理の奥の奥に、エゴイズム的な自己主張を見つけているように思われ、観察力、洞察力、分析力というものなのかなあ、と感動しました。
 
 

wrote by m-hamada メイン: 21:38

2015年08月20日木曜日

アリストテレスの言葉

 「論理的には正しくても、人間社会では正しいとはかぎらない」。
 
 「論理学の創始者である、古代のギリシア人」のアリストテレスの言葉として、作家・塩野七生さん(しおの ななみ、1937(昭和12)年7月7日生まれ、名前の「七生」は7月7日生まれであることに由来しているようです)が、『文芸春秋・9月号』の「日本人へ・百四十八」の中で紹介されています。
 
 塩野七生さんは、現在のヨーロッパ連合(EU)の様子に触れながら、「指導力を発揮するには、勝つだけでは充分ではなく、勝って譲る心がまえが必要になってくる」とも語られており、冒頭の言葉に古代ギリシア人の「バランス感覚」「中庸の精神」が表れているとされています。
 
 世の中を深く洞察された鋭い言葉として心に残りました。
 

wrote by m-hamada メイン: 20:23

2015年08月15日土曜日

迫水久常書記官長の長女・下荒磯篤子さんの言葉

 「父はメモを一切取らない人なので、『あそこを確認しといて』と言われては、国会図書館に赴き、資料を調べました。記憶が正確なことには驚きました。何度も原稿を清書しながら、戦争を始めるのは簡単だけれど、終わらせるのは本当に大変なことだと痛感しました。外の敵だけでなく、国の中でも戦わなくてはいけなかったのですから。」

 鈴木貫太郎内閣の事務方のトップを務められていた迫水久常(さこみず・ひさつね)書記官長の、長女に当たる下荒磯篤子(しもあらいそ・とくこ)さんの言葉です。戦後70年の節目に当たる今年8月15日の、読売新聞・特別面に掲載されていました。

 紙面では他にも、終戦後のことに触れられながら、「当時も、普通のお父さんとは少し違うらしいとは思っていましたが、終戦に向けて父が何をしていたかを本当に知ったのは、1963年に父が回想録『機関銃下の首相官邸』を書くのを手伝った時です。」とも書かれています。
 大変な役割を担われたお父様と、その娘として父の実像に迫り世の中に紹介されるという、稀有な親子の姿を垣間見ることができ、感動しました。

 激動の時代とその中を生き抜かれたお姿を、しっかりと学ばせていただきたいと思いました。
 

wrote by m-hamada メイン: 19:47

漫画家・かわぐちかいじさんの言葉

 「米軍戦闘機『グラマンF6Fヘルキャット』はパイロットを守る装備に優れていたが、日本の『零戦』は機動力重視で防御が整っていなかった。人を育てるための効率を考えた米国に対し、命をおろそかにした日本の精神主義が通用しなかった戦争でした。」

 太平洋戦争の終結から満70年の終戦の日、日本経済新聞に掲載されていた、漫画家・かわぐちかいじさんの言葉です。

 子どもの頃に、海軍で掃海艇に乗っていた父親から戦前の話をよく聞いていたことなどを話され、戦争への興味があり、漫画「ジパング」を連載する中で、自国の兵隊の命に対する日米の考え方、メンタリティーの違いを感じたとおっしゃられています。
 興味深い指摘だと思い、心に残りました。

 日本人ひとり一人が、生命を大切にする考え方を強く持つことが必要だと、改めて感じました。

 

wrote by m-hamada メイン: 18:50

2015年07月29日水曜日

俳優・石坂浩二さんの言葉

 「船場の旧家の4姉妹の話。市川(崑)監督ははっきりは言いませんでしたが、(チェーホフの)『桜の園』ですよね。ある階級が消え、彼女たちが持っていた美しさも消えていく。貞之助の涙は、嫁いでいく雪子と、滅んでいくある階級への別れの涙だったんでしょうね。とてもやりがいのある作品でした。」

 俳優の石坂浩二さんが、谷崎潤一郎さん原作の『細雪』が映画化された昭和58年の作品について、そのラスト近くのシーンを思い起こされて語られているものです。7月29日付の産経新聞に掲載されていました。石坂浩二さんは映画の中で、貞之助を演じられています。

 チェーホフの『桜の園』も引き合いに出され、「滅んでいくある階級への別れの涙」でもあったというご指摘に、教養の深さを感じ、感動しました。

 文学の素養というものが大切なのだなあと痛感しました。

 

wrote by m-hamada メイン: 19:20

2015年07月28日火曜日

プロボクサー・村田諒太さんの言葉

 「父からは『否定しない』ことの大切さを教わりました。否定しないことと甘やかすことの境界線がどこにあるのかは難しいですが、自分も子どもたちにそんな風に接していきたいです」。

 7月28日付の日本経済新聞・夕刊に掲載されていた、プロボクサー・村田諒太さんの言葉です。教育者の座談会で、「自己肯定感を育む」ことが重要と話されていたことが思い起こされ、心に残りました。

 「父は読書家で引き出しが豊富。いろんな本から言葉を選び出してアドバイスしてくれます。だからといって借り物の言葉ではなくて、僕の心の中にある思いを引き出して、気付かせるものなんです。僕のことを本当によくわかっていると感じます。メールの返信が遅いのは書いては消してをくり返して、文章を作るからみたいですね」とも書かれていました。

 読書の力を感じるとともに、素晴らしいお父さんだなあと感動しました。

 

wrote by m-hamada メイン: 21:13

2015年06月12日金曜日

俳優・江守徹さんの言葉

 「なかなか分かってもらえないと思うけど、今でもその役になり切ろうとするのは難しいですよ。1カ月とか1週間とか、同じ場所で演じることの難しさは変わらないですね」。
 「自分でうまくいったと思う時ってないんです。スポーツのように何十センチ飛べたとかいうデータもないし。自尊心はありますよ。でも慢心にはなりたくない」。

 若い頃と今で演技に違いはあるかを尋ねられたときの、俳優・江守徹さんの言葉です。
 6月12日付の毎日新聞・夕刊、「人生は夕方から楽しくなる」で紹介されていました。

 謙虚なお答えだなと思いましたが、正直に本心を話してくれたのかもしれない、と感動しました。

 プロフィールを調べてみると、1944(昭和19)年1月25日生まれの71歳。本名は加藤 徹夫(かとう てつお)さん。血液型はA型。俳優とともに、ナレーター、劇作家、演出家、翻訳家としても活躍されていらっしゃることがわかりました。

 2007年に軽い脳梗塞で倒れて以来お酒は一切断ったと、テレビや雑誌のインタビューでは答えているようですが、「夕食の時にビールを1、2杯。飲んでないのと同じですよ」と。
 人生の年輪が感じられるような、余裕たっぷりのお答えで、またまた感動しました。

 

wrote by m-hamada メイン: 21:53

2015年05月30日土曜日

ビリギャルの母・ああちゃんの言葉

 「私は、子どもには、全肯定です。叱って、禁止して、何かをやめさせることで、経験上、子どもは、どんどん無気力になり、意欲に乏しくなります。親は、何よりもこれを恐れるべきです。
 叱らずに、子どもなりの理由をよく聞き、時間をかけて分かってあげる。親はどこまでいっても、子どもの味方ですから。
 子どもの方向性を決める場合には、親が勝手に決めるのではなく、選択肢を用意してあげ、選んでもらうといった丁寧な姿勢が大切だと思っています」。

 映画公開(5月1日)から26日間で、動員数160万人を突破した映画『ビリギャル』。その原作本のモデルとなった高校生さやかさんのお母さんが゛ああちゃん”で、今回の言葉は、その゛ああちゃん”の言葉です。
 5月30日付の聖教新聞12面『10代の「〇〇」』で紹介されていました。
 ああちゃん(ペンネーム・橘こころさん)は、『ダメ親と呼ばれても学年ビリの3人の子を信じてどん底家庭を再生させた母の話』(KADOKAWAアスキー・メディアワークス)という本も書かれています。

 『ビリギャル』の原作本は、『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶応大学に現役合格した話』(KADOKAWA)で、この著者である坪田塾の塾長・坪田信貴先生との出会いこそが、さやかさんが変わる直接のきっかけになったようです。

 私もこの本の「作文と小論文の違い」の部分などを読み、物事を明快にクリアに説明してくれる頭脳明晰な先生だと感じていましたが、今回のお母さんの言葉を読み、その素晴らしい先生と出会うことができた陰には、お母さんの大きな愛情と全肯定の姿勢だったのだなと感じ、感動しました。

 叱って、禁止して、無気力にしてはいけないなと、強く思いました。

 

wrote by m-hamada メイン: 21:49

2015年05月29日金曜日

杉 良太郎さんの言葉

 「外からみると杉良太郎は強い人間と思われがちだ。しかし実はごく平均的、むしろそれよりも弱いところがある。人のことだと頑張れるが、自分のことになるとからきし駄目な性格だ。私が思うに強い人間など、そういるものではない」。

 俳優の杉良太郎さんの言葉です。5月29日づけ日経新聞・夕刊の「こころの玉手箱」第5回の中で述べられていました。誠実さが感じられ、心に残りました。

 同じ「こころの玉手箱」では、第1回でも興味深い言葉が紹介されていました。
 「『若い頃の苦労は買ってでもしろ』とは、まさにその通りで、私は18歳から20歳までカレー屋で奉公をしていた。3食、店のカレーライスを食べさせてもらい、朝6時から夜11時まで無給料で働いた。休みは正月元旦のみ。まさに精神修行のような生活を送った」と。
 そして、「このカレー屋での経験において、生きるとは何か、仕事とは何か、自分はどう生きたいのかを自問自答し続けた。気が付けば過酷な日々と引き換えに芸を究めるに無くてはならない強靭(きょうじん)な精神が手に入っていた。」ともありました。
 この第1回の言葉を読んで、ものすごく強い人だと感じていましたので、なおさら、冒頭の言葉に驚きと誠実さを感じたのかもしれません。

 「人のことだと頑張れる」というところも真実だなと思いました。


wrote by m-hamada メイン: 21:47

2015年05月09日土曜日

河上和雄さんの言葉

 「男には2種類しかいない。気の弱い男と、とても気の弱い男だ」。

 元東京地検特捜部長の河上和雄さんの言葉です。河上和雄さんが2月7日に敗血症のため81歳で亡くなられたことから、5月9日付の読売新聞・夕刊の「追悼抄」に掲載され、その中で紹介されていました。
 共演したことがあるフリーアナウンサーの福澤朗さんが、ぴんと伸びた背筋とともに記憶に残っていることとして、冒頭の言葉を河上和雄さんが口癖のように語っていたということを述べられています。

 法務省幹部だった時の逸話として、当時の法務大臣が夫婦で欧州を視察しようとしていたことに対して、「そのお金で、10人の若い検事が海外で勉強する機会が失われる。行くのはやめて下さい」と、会議の場で訴えたということも紹介されており、驚きました。

 部下だったことがある弁護士の堀田力さんが、酒の席での言葉として、「偉くなるにつれて傲慢になる上司に何度も不快な思いをさせられた。もし自分がそう見えたら注意してくれ」と言われたことを紹介されており、素晴らしいことだなあと感動しました。

 

wrote by m-hamada メイン: 21:39

2015年01月16日金曜日

オウム事件の被害者、永岡弘行さんの言葉

 「自分の頭で考えられる人間に戻ったのか、この目で見てみたい」。

 1月16日、オウム真理教の元信者・高橋克也被告の裁判に際して傍聴に訪れた、「オウム真理教家族の会」の永岡弘行会長の言葉です。
 1月16日づけ東京新聞・夕刊のオウム事件・高橋被告初公判についての報道の中で紹介されていました。

 永岡弘行さんは、平成7(1995)年1月4日、オウム信者の脱会活動を続けていたことを逆恨みされ、東京都港区でオウム真理教信者から猛毒のVXガスで襲われています(猛毒ガスVX事件)。

 17年もの間、逃亡を続けたオウム真理教の元信者、高橋克也被告が、果たして、反省して悔いているのか、直接見て確かめたいと思われたようです。

 カラー写真で掲載されていた、永岡さんの東京地裁に向かう姿、酸素吸入器を持ちながらまっすぐ前を見つめる表情が、心に残りました。

 

wrote by m-hamada メイン: 21:06

2014年12月30日火曜日

宮城谷昌光さんの言葉

 「文学の道に迷った若いころに戻りたいとは思わない。結婚後も苦しい時期が長く続きましたが、文学や芸術など浮世離れした私の話に合わせてくれる妻の助けがなければ、私はこの道を進めてこなかった。妻には『あなたにあわなければ、宮城谷昌光という作家は、どこかの路傍の石になっていた』とよくいうのです」。

 読売新聞に11月24日から12月30日まで連載された、「時代の証言者 宮城谷昌光」の最終回(12月30日付)で紹介された言葉です。
 心の中で思うだけではなく、奥様に口に出して言えるということ、しかも「よくいう」とありますので、何回も言っていらっしゃるということは、素晴らしいご主人だなと感じ、心に残りました。

 連載の第15回では、奥様とのお見合いの様子が書かれていました。
 「『ここまで生きてきて、何かいいこと、楽しいことがありましたか』と私が聞くと、すぐに『何もないです』と答えたのが特に気に入った。私も全く同じだったから。本音をいきなりいう、嘘(うそ)を言わない人だとわかって安心しました」とあり、奥様もご主人もともにまぶしいほど正直な人だと感動しました。

 第13回には、師と仰ぐ立原正秋さんとのことが描かれていました。
 「中途半端に世に出てはいけない。そうやって散ったり沈んだりした作家を自分は多く見ている。基礎だけはきちんとしてから作家として立ちなさい」と教えられたということ、「よい作品であれば、立原さん自身が文芸誌の編集部へ持ってゆく」とおっしゃられていたと聞き、「弟子の将来を考えた優しさに感動しました」とありました。
 映画の名場面を見させていただいたように胸が熱くなりました。

 ご著作をしっかり読んで、もっとこの世界を味わいたいと思いました。

 

wrote by m-hamada メイン: 21:04

2014年12月06日土曜日

ゴルゴ松本さんの言葉

 「夢が叶わないと人は弱音を吐く。『吐』という字は口にプラスマイナス。何かを成し遂げる人は『俺は、私はこうなる』と目標を口にする。そうするとマイナスが無くなって、『叶』っちゃうんだ」。
 
 お笑いコンビ「TIM(ティーアイエム、レッド吉田さんとゴルゴ松本さんのふたり組のお笑いコンビ、コンビ名の由来は『タイム・イズ・マネー』からと)」のゴルゴ松本さんの言葉です。12月6日の毎日新聞・夕刊で紹介されていました。
 ゴルゴ松本さんは、約3年前から手弁当で各地の少年院を回り、ホワイトボードに漢字を書きながら講話を行なっていらっしゃるようです。
 冒頭の言葉は、その講話の中での言葉です。
 
 「命」の文字を身体で表現して笑いをとることがあるゴルゴ松本さんですが、その「命」の文字について、講話の締めくくりで次のように話しているようです。
 「『人を一叩(たた)き』と書くけど、殴ることじゃない。命は一叩き一叩きの鼓動の連続なんだ。みんなはお母さんが命がけで産んでくれた。その命を未来へつないでいってください。今、その準備をしています。外に出てはばたいてください」と。
 
 「子供たちに諦めちゃいけないんだって伝え続けたい」という思いで講話を続けていらっしゃると紹介されており、素晴らしい人だなと感動し、その言葉が心に残りました。
 

wrote by m-hamada メイン: 20:17

2014年10月09日木曜日

宇沢弘文さんの言葉

 「前回の世界・昭和大恐慌から八十年。なおも金融・企業の反社会的行為はやむことがない。マネタリー・ディシプリン(金融節度)の欠落を断罪しない統治が大惨事をくり返す。儲けるためには法を犯さない限り何をやってもいい、という考え方が資本主義の根幹にある」。

 9月18日に亡くなられました、東京大学名誉教授の宇沢弘文(うざわ・ひろふみ)さん(1928年(昭和3年)7月21日~2014年(平成26年)9月18日)の言葉です。10月9日付の東京新聞・夕刊で、経済評論家の内橋克人さんが「宇沢弘文さんを悼む」という文章を寄せられていました。その中で、対談集『始まっている未来―新しい経済学は可能か』(岩波書店刊)に収められた言葉として紹介されており、おっしゃられる通りだなあと感じました。

 内橋克人さんの追悼文には、宇沢弘文さんの「人が人らしく生きていける。そのような制度を創る。経済学の使命です」という言葉も紹介されており、「社会的共通資本を基軸概念とする『宇沢経済学』のあまりに崇高な倫理性をいま誰が引き継ぐのだろうか」と結ばれていました。しっかりと心に刻み付けておきたいと思いました。
 
 

wrote by m-hamada メイン: 20:48

2014年09月06日土曜日

野球解説者・桑田真澄さんの言葉

 「『練習量と練習時間と気合と根性』という野球界のゆがんだ伝統が根深いのだと思います。僕の修士論文でも取り上げましたが、日本の野球指導に強い影響を与えているのは、1919年に早稲田大野球部の初代監督に就任し『千本ノック』『一球入魂』などの言葉で有名な飛田穂洲(とびた すいしゅう)の『野球道』です」。

 元巨人軍ピッチャーで、現在は野球解説者として、また、東大野球部の特別コーチとして活躍中の桑田真澄さんの言葉です。
 9月6日づけ朝日新聞の「東大野球部を教える」とのインタビュー記事の中で紹介されていました。

 ※飛田穂洲(とびた すいしゅう、1886年(明治19年)12月1日~1965年(昭和40年)1月26日)さんは、茨城県出身の野球選手(内野手)であり、学生野球指導者、野球評論家。本名は飛田 忠順(とびた ただより、とびた ちゅうじゅん)。(ウィキペディアより)

 飛田穂洲さんについて、桑田真澄さんは、
「飛田が練習量を重視したのは事実ですが、『千本ノックといっても選手の体格健康その他に細心の注意を払わなくてはならぬから、100本にまで減少しなければならぬ場合もある』と書き残しています。また、米国遠征の経験を生かし、最先端の合理的な指導をしていた。上級生が下級生に雑用をさせることも嫌い、『自分のことは自分でやりなさい』というのが口癖でした」
とも述べられています。

 飛田穂洲さんがバランス感覚を持った指導者であったことはわかりますが、戦後は「多くの軍隊経験者が復員後、全国で野球の指導者や審判になったこと」で、「軍隊式の指導法が野球に取り込まれ、上下関係や精神論、体罰肯定が根付いてしまった。かつての常識だった『練習中に水を飲むな!』という指導も、軍隊式の表れです」と桑田真澄さんが指摘するように、飛田穂洲さんが監督として実践した「合理的な野球道」ではなく、「誤解された野球道」が広まってしまったのだとわかり、興味深いと思いました。

 桑田真澄さんにはますます活躍していただき、「スポーツ医科学に基づく合理的な指導法」と「選択と集中型の練習」で、日本の野球界を大いに盛り上げてほしいと思いました。

 
 

wrote by m-hamada メイン: 21:01

2014年07月30日水曜日

NHK連続テレビ小説「あまちゃん」の音楽を担当された大友良英さんの言葉

 「(盆踊りを)一緒に踊れば、意見が違っても共にやっていこうと思える。今の時代に必要なシステムです」

 7月30日付けの東京新聞・夕刊の一面トップに、「今、盆踊り 五輪にらみ『世界へ発信』」との記事が出ており、その中で紹介されていた言葉です。

 大人気となったNHKの連続テレビ小説「あまちゃん」。私も毎日、楽しく拝見しましたが、大きな魅力のひとつは主題歌やドラマの中の音楽がたいへんに素晴らしかったことだと感じています。
 その音楽を担当された大友良英さんが、「日本文化の海外発信を検討する東京都の有識者会議」の中で、「盆踊りを『盆ダンス』としてはやらせては」と提案、「サンバのように国際的になるかも」と語っているとあり、面白いと思いました。

 東京オリンピックまでの6年間で日本文化の海外発信が大いに進むようにと願うとともに、その海外への文化発信に、東京に隣接し盆踊りが大変に盛んな“川崎区”が何らかの役割を担えるようにしたいものだと思いました。
  
 がんばろう、日本! がんばろう、川崎区!!
 
 
 

wrote by m-hamada メイン: 21:00

2014年07月23日水曜日

ジョージ秋山さんの言葉

 「今の若い人には欲望がないと言われるが、欲がなくなるはずはない。何となく妥協して生きているということじゃないか。まあいいや、という人生ではあまり面白くない気はする。私の漫画の主人公は皆卑しいが、人間として魅力があるからこそ、読者の目を引いたのかもしれない」

 7月23日付けの日経新聞・夕刊に、「人間の欲望を描き続ける 極悪人に捨てがたい魅力」とのタイトルで、ジョージ秋山さんのお話しが掲載されていました。その中に出てきた言葉です。

 ジョージ秋山さんは松本清張さんにも触れられ、「清張さんはかつて人間のあらゆる行動には必ず原因がある、という趣旨のことを書いていたが、その構造を追うことが欲望の探求にもつながってくる」とも述べられています。

 もがきながらも必死に懸命に生きる人間の姿と、その原動力になっているであろう人間の生への熱いエネルギーのようなものを描きたいのだろうなと感じ、心に残りました。
 
 

wrote by m-hamada メイン: 21:11

2014年07月20日日曜日

野田聖子・自民党総務会長の言葉

 「それ(自民党が大事だという意識)以上に国をよくしたい。私は郵政民営化に反対して党を一度追い出され、自民党がパーフェクトな存在ではないと身をもって知る証人だから、『党が栄えて、国がへたっては意味がない』といいたい」

 7月20日付け日経新聞の「『自民一強』時代の行方」とのタイトルのインタビュー記事に登場した、自民党総務会長・野田聖子さんの言葉です。
 集団的自衛権に反対ではないが閣議決定で決めることに注文をつけた点について、「安倍政権よりも自民党が大事だという意識ですか」と聞かれた際の答えです。

 大胆なことをおっしゃられるなと感じ、心に残りました。

 インタビュアーから、「ねじれ解消から1年たち、自民党に緩みやおごりが出始めていませんか」と聞かれた際の答えも、刺激的な感じがしました。
 「野党時代に屈辱や悲哀を味わった私のような議員は大丈夫だ。親しかった官僚が民主党議員にべったりしているのをみて諸行無常を感じた。心配なのは1年生議員。若いうちから官僚にちやほやされて勘違いするおそれがある。落選していた人も国会での野党経験がない。落選中は支持者とばかりつきあうから案外苦しい思いをしていない」と。

 状況を達観視されているような、悟っているような感じがして、興味深いと思いました。修羅場と言えるような、苦労の場面を踏み越えて来られたからこその言葉なのでしょうか。

 

wrote by m-hamada メイン: 19:47

2014年06月28日土曜日

樋口恵子さんの言葉

 「健康寿命と平均寿命の差は約10年あります。多くの人が人生の10年間はだれかの支えが必要です。そして子どもはすべて介護責任者になる。先ごろ『大介護時代を生きる』と題した本を書きましたが、まさにそうした時代が始まっています」

 「親が亡くなり、兄弟姉妹はおらず、子どもも孫もいないファミリーレス(家族なし)の人があふれる本格的な“ファミレス”社会がやってくる。今の50代は少子化と独身化の最先端にいます。彼らが高齢になったときにどんな問題が生まれるか。今から備える必要がある」

 6月28日付けの日経新聞・夕刊に、「“ファミレス”社会 樋口恵子さんに聞く」という紙面がありました。その中で語られている樋口恵子さんの言葉です。

 樋口恵子さんはひとつの解決策として「家族の概念を広げること」を提案されており、一昨年にスウェーデンを訪れて感銘したこととして、「日本と同様の介護休業制度があるのですが、日本は対象を親族の一部に限っているのに対して、スウェーデンは友人でも隣人でも介護を受ける人の承認があれば認める。80%の所得補償もあります。まさに遠くの親せきより近くの他人です」とも述べられています。

 ますます進む高齢化社会の中で、介護の問題の重要性をわかりやすく深く示していただいていることに感動しました。重く受けとめ、対応を考え続けて行きたいと思いました。

 

wrote by m-hamada メイン: 21:51

2014年05月15日木曜日

福澤諭吉の言葉

 「文明とは人の安楽と品位との進歩」。
 「文明の進歩は世人一般の智徳の発生に関するものなり」。

 福澤諭吉の『文明論之概略』に登場する言葉として、4月1日に行われた慶應義塾大学の入学式で、清家篤塾長があいさつの中で引用されていました。5月15日付けの慶応義塾メールマガジンによって知ることができました。

 清家塾長は、上記の言葉を解説されて、文明とは「つまり生活水準と人間性の向上にあり、それらをもたらすのはインテレクトすなわち智と、モラルすなわち徳の向上」として、「知性と人柄の両方を磨くことの大切さを説いておられる」と新入生に話されています。

 今から139年前の明治8年(1875年)に発刊された『文明論之概略』の中で、インテレクトとモラルの向上の重要性を示されていた福澤諭吉の偉大さを改めて感じるとともに、その言葉を引用された清家塾長の博学さにも感動し、心に残りました。

 多くの人に教育の機会、学びの道が開かれた社会であってほしいと強く思いました。
 
 
 
 

wrote by m-hamada メイン: 21:17

2014年05月08日木曜日

渡辺淳一さんの言葉

 「作家として生き残っていくためには、自らの欲望と好奇心をギラつかせなければいけない。品よく落ち着いたら消えますよ。金がほしい、有名になりたい、女にもてたい、家を建てたい--。これ、結構大変なんですよ(と声を落として)。どの世界もスターはギラついている。だからスターなんだね」。

 2013年2月の直木賞の贈呈式の際に、選考委員だった渡辺淳一さんがあいさつの冒頭で話された言葉とのことです。5月6日付け毎日新聞に、4月30日に亡くなられた渡辺淳一さんについての評伝が掲載されており、その中で紹介されていました。
 道を究めた人生の達人のような人の言葉は、味わい深くて面白いなと感じ、心に残りました。

 5月6日付け東京新聞の評伝には、「長く直木賞の選考委員を務めたが、最近の小説には手厳しかった」として、渡辺淳一さんが「頭で書きすぎ。狂おしい恋愛をしたり、死ぬほど女を追いかけたり、そういうのが今はないんだろうな」とおっしゃったということが紹介されています。この言葉もたいへん興味深いと思いました。

 また、同じく5月6日付けの日本経済新聞の評伝には、1981年に日本経済新聞の企画で女優の大原麗子さんと対談した際の言葉として、「小説を書く作業というのも、精神の内側を破廉恥に書いているわけだからね。自分の好き心とかずるいところ、いやしいところ、そういう本音の部分を書くのがいい小説になる」と、おっしゃったということも紹介されています。

 人間の本質、人間心理の底の底の底の部分への探求心というようなものが感じられ、感動しました。

 偉大な作家のご生涯に思いを馳せつつ、心からご冥福をお祈りしたいと思います。
 

wrote by m-hamada メイン: 20:26

2014年03月28日金曜日

歌手の山本譲二さんの言葉

 「『お袋、ちょっといい?』と言って、両手でじっと抱きしめました。」

 3月27日付け朝日新聞デジタル版の「認知症とわたしたち」に出ていた、歌手の山本譲二さんの言葉です。有料老人ホームに入っている母親に会いに行った時、好物の落花生を売りに来るお菓子屋さんについて、火曜日に来るのだったか、木曜日に来るのだったかと、お友達と話し合っている姿を見て、かわいくなって、涙が出て、抱きしめたという話でした。
 映画のワンシーンを見ているように、その姿が目に浮かび、胸が熱くなりました。

 認知症に限らずとも、親を穏やかにいたわれるような、時間と心に余裕のもてる社会であってほしいものと思いました。
 自分なりに、できることをできる範囲で、しっかり行なっていこうと思いました。


wrote by m-hamada メイン: 16:47

2014年02月27日木曜日

心臓外科医・天野篤さんの言葉

 「パチンコで粘り、マージャンで頭脳と頭脳が闘う勝負の世界観を学んだ」。

 2012年に天皇陛下の心臓バイパス手術を担当された心臓外科医、天野篤さんの言葉です。2月27日付けの朝日新聞夕刊「華麗な人」で紹介されていました。

 「学生時代はパチンコとマージャンに熱中」、「指先の感覚や手術に必要な感性といったものが、この時に磨かれた」とも書かれています。もちろん謙遜されておっしゃっているのでしょうし、勉強、勉強、勉強という中でのほんのひとこまのお話しなのでしょうが、誠実さとお茶目さが感じられ、素晴らしい人だなと思いました。

 

wrote by m-hamada メイン: 21:58

2014年02月25日火曜日

俳優・内野聖陽さんの言葉

 「趣味というほどではありませんが、よく走ります。家で台本を読んで行き詰まると、近所を走って脳をリセット。どちらかというと後ろ向きな人間ですが、走ることで前向きになれる気がします。福島では田んぼの中を何キロも走りました」。

 3月に公開される福島を舞台とした映画『家路』で、原発事故のためにふるさとを失った農家の長男を演じている、内野聖陽(うちの・せいよう、1968年生まれ)さんの言葉です。2月25日付けの読売新聞・夕刊の6面『すてきライフ』で紹介されていました。

 2007年(平成19年)放映の大河ドラマ『風林火山』で主役の山本勘助を演じ、2003年(平成15年)のNHK金曜時代劇『蝉しぐれ』では牧文四郎を演じた、内野聖陽さん。俳優という、人気が大事と思われるお仕事であることから、「どちらかというと後ろ向きな人間ですが」と述べられていることに驚きました。正直な人だなあと感じるとともに、自身のことを飾らずに語れるということにある種の強さも感じました。

 「一番手こずったのは福島弁」とも述べています。大丈夫という意味の『さすけねぇ』という言葉にリアリティーがこもらないことをこぼしたところ、農家出身の方言指導の人が家に招いてくれて、「生きた福島弁」を聞かせてくれたという。「出してもらった地酒がおいしかったなあ」と感想を語る言葉にもまっすぐさが感じられ、好感を持ちました。

 

wrote by m-hamada メイン: 19:08

2014年02月24日月曜日

京都大学大学院准教授・佐藤卓己さんの言葉

 「その心理(ここでは韓国の心理という意味)を理解できないまでも、理解しようとする努力を放棄すべきではない。外交とは他者と向き合う視線のポリティクスなのだから」。

 京都大学大学院准教授で、メディア史・大衆文化論が専門の佐藤卓己(さとう・たくみ、1960年生まれ)さんの言葉です。2月24日付けの東京新聞夕刊6面の論壇時評の中で紹介されていました。

 佐藤卓己さんは、『外交』23号の武貞秀士氏の論文「なぜ韓国は中国へ接近するのか」において、韓国外交には「その時々の強いものに仕えるという均衡論」の伝統があることが指摘されていることを紹介。そのあとに、「こうした事大主義はロシアや中国と地続きで接する半島国家の地政学的条件にもよるだろう。良くも悪くも島国的心性の日本人にとって、その心理的ストレスは想像を超えるものだ。」と書いた上で、冒頭の言葉を続けています。

 「外交とは他者と向き合う視線のポリティクス」という言葉が新鮮で、心に残りました。
 正面からの視線か、斜めからの視線か、上から目線か、下から目線か、はたまた・・・・・。
 いろいろと考えさせられる、含蓄のある哲学者の言葉のようで、面白いと感じました。
 心理を理解しようとする努力。大切にしていきたいと思います。

 

wrote by m-hamada メイン: 18:28

2014年01月11日土曜日

AKB48グループ総監督・高橋みなみさんの言葉

 「女の子の世界は特殊。面と向かって指摘されることを嫌がる子が大半。もちろん個人的に言われて納得する子もいるけど、逆切れすることもある。だから、ひとりに向けてではなく、自分も含めた皆に向けて言うようにしました。最終的には、自分自身でどれだけ気づけるか、だと思います」。

 中央公論2月号の「高橋みなみが語る『リーダーの心得』 おんなの子をまとめるのって、こんなに大変なんです!」の中で語られた、高橋みなみさんの言葉です。
 東京大学史料編纂所教授の本郷和人さんとの新春対談で、本郷さんから「リーダーになって最も困難だったことは何でしょう?」と、聞かれたことに対して、答えたものです。
 
 AKB48グループ総監督という立場にあるようですが、若干22歳の高橋みなみさんが、こんなに立派なことを語るものなのかと思い、驚きました。

 「面と向かって指摘されることを嫌がる」というのは、大人の女性にも男性にも当てはまるような気がしますが、人間観察のおもしろさと心理分析の的確さが感じられ、心に残りました。

 

wrote by m-hamada メイン: 21:45

東大名誉教授の養老孟司さんの言葉

 「頭がよくなる方法も正直言ってよく分からない。ただ、知能の発達には体を動かすことが欠かせないのは分かっている」。

 「バカの壁」の著者であり、脳の研究で有名な養老孟司さんの言葉です。
 1月11日づけ朝日新聞の「変わるまなびや 教育2014 番外編」の中で紹介されていました。

 同じ紙面の中には、「本当に集中できるのは15分ほど。集中したら、いったん休んでまた集中する、というのが効率がいい気がします」という言葉も。
 脳研究の権威の言葉ですので、説得力を感じます。もう少し早く知っておきたかったと思いつつも、これからの子供の教育を考える中で、しっかり参考にさせていただこうと思いました。

 

wrote by m-hamada メイン: 21:24

2014年01月08日水曜日

公明党の山口なつお代表が引用した言葉

 『快馬(かいば)は鞭影(べんえい)を見るや正路(しょうろ)につく』。

 公明党代表の山口なつお参議院議員が、新春街頭演説の冒頭で、今年が午(うま)年であることに触れつつ引用された言葉です。1月4日付けの公明新聞と1月7日付けの朝日新聞「天声人語」で紹介されていました。公明新聞には、「能力の高い馬は、むちのかげを見ただけで、進むべき道をきちんと疾走していく」との意とありました。

 実は、1月8日午前に東扇島で開催された消防出初め式で、地元の町会長さんから「公明党の山口代表はさすがだね。演説の中味が朝日新聞の天声人語で取り上げられるんだからね」と言われて、初めて天声人語に載っていることを知りました。
 自分の党の話題を知らなかったことにちょっと恥ずかしさを覚えながら、出初め式の後、すぐに拝読。首相が年男であることに触れたり、「速く駆けすぎて背中の国民を振り落としてしまわないか」と述べたり、うまい文章だなあと感動しました。

 馬が走るように文章力の急成長をと言いたいところですが難しいので、その町会長さんの「天声人語は毎日読んでいる」との言葉を思いだしつつ、コツコツと努力を続けようと思いました。

 

wrote by m-hamada メイン: 21:53

2013年12月06日金曜日

軍師・官兵衛の言葉

 「人は生かして使ってこその財産」

 NHKのホームページで、来年の大河ドラマの主人公・黒田官兵衛のことを検索する中で見つけました。絶えることのない戦乱の中で官兵衛は多くの人材を失い、いつしか「命の使い方」について考えるようになったのではないかとして、紹介されていた言葉です。

 「信長、秀吉、家康の三英傑に重用されながら、あり余る才能がために警戒され、秀吉には自分の次の天下人とまで恐れられた男」との解説も、人の世の真実が垣間見られるように感じ、面白いと思いました。

 大動乱の世を生き抜いた官兵衛の智の力がどのように描かれているのか、大河ドラマを見るのが今からとても楽しみです。

wrote by m-hamada メイン: 17:34

2013年10月12日土曜日

江戸時代の歌に庶民の心を思う

 「田や沼や 濁(にご)れる御代(みよ)を あらためて 清く澄ませ 白河の水」
 「白河の 清きに魚も 住みかねて もとの濁りの 田沼恋しき」

 どちらも江戸時代の歌ですが、前者の「」清く澄ませ」の歌は1787年、松平定信が田沼意次(おきつぐ)の後を受けて老中首座となり、寛政の改革を始めたころに詠まれた歌。後者の「もとの濁りの田沼恋しき」の歌は、改革が始まってしばらくしてから流行った歌とのことです。
 10月12日付け読売新聞・夕刊の「発見 日本の偉人たち」で紹介されていました。

 「清く澄ませ」の歌には、賄賂(わいろ)などの汚職によって濁ってしまった田沼の政治が、松平定信によって一新されるのではないか、と期待する民衆の気持ちが表れているという。白河は白河藩主だった定信を意味しているようです。
 それに対して、「もとの濁りの田沼恋しき」の歌は、質素倹約が勧められ、芝居のような娯楽まで制限されてしまったことから、民衆があまりに清らかな政治に息苦しさを感じ、不正もあったが田沼政治の方が暮らしやすかったのではと懐かしんでいる気持ちが表れていると。
 興味深く読みましたが、当時の人々は困惑したのだろうなと思いました。

 時代も場所も全く異なりますが、「アラブの春」と言われた民主化運動の流れにも似ていると感じました。
 2011年2月11日、エジプトで30年続いたムバーラク大統領が退陣し市民が喜んでいた様子と、その2年後の2013年7月3日、選挙で選ばれたムルスィー大統領が1年余りで解任となってしまったという様子です。
 改革と安定の難しさという点で、両者に通じるものがあるように感じたからです。

 歴史を学び、歴史に学ぶ。歴史を大切にする姿勢を持ち続けたいものと思いました。

 

wrote by m-hamada メイン: 18:39

2013年09月24日火曜日

トルストイ著『アンナ・カレーニナ』の言葉

 「幸せな家庭はどれも同じように幸せだが、不幸な家庭はそれぞれに不幸である」。

 ロシアの文豪トルストイの著書『アンナ・カレーニナ』の冒頭の言葉です。

 アサヒグループ・ホールディングス相談役の福地茂雄さんが、9月24日付けの毎日新聞・夕刊の『読書日記』を担当されており、『ビジョナリー・カンパニー③ 衰退の五段階』(ジェームズ・C・コリンズ著・山岡洋一訳)という本について紹介していましたが、その本の紹介の中で、『アンナ・カレーニナ』の冒頭の言葉を引用されていたことが印象に残りました。

 その本は、有名な企業が衰退する理由や転落を阻むためのポイントについて、克明な調査・分析をもとに論じているようですが、その紹介に際して、文学作品の一節をさらりと登場させ、格調高く興味深い読書日記に仕上げていらっしゃるところがステキだなあと感じました。

 ほかにも『平家物語』の「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす」も引用されておりましたが、博学ぶりとオシャレ心に感心しました。
 さぞかし豊富な読書量をお持ちなのだろうなと想像し、自分自身もしっかり本を読もうと思わされました。

 

wrote by m-hamada メイン: 21:24

2013年09月13日金曜日

マラソンの指導者、小出義雄さんの言葉

 「人間には必ずいいところがあるんです。いいところを褒めてやればいい。悪いことなんか言ったって何の役にも立たない」。

 平成25年4月18日、東京都教育委員会の「部活指導等の在り方検討委員会 第2回」において、「選手のやる気を引き出す指導について」とのテーマで講師をされた、佐倉アスリート倶楽部株式会社代表取締役・小出義雄さんの話に登場した言葉です。東京都教育委員会発行の「部活動指導等の在り方検討委員会報告書」で紹介されていました。

 小出義雄さんは、「『人間にはいろんな運があるんだよ。おまえはいい運を持ってるね」って言いながら練習を進めると、みんな本気になって頑張るんですね」とも語っていて、興味深く読みました。

 もっと早く知っていたら3人の子どもの教育に活かせたのに、なんて思いましたが、しっかりと心に刻んで今後に活かして行きたいものです。

 多くの部活動指導者の皆さんも、小出義雄さんの素晴らしいお話に感化を受けたものと思います。

 

wrote by m-hamada メイン: 19:04

2013年09月12日木曜日

サッカーの前フランス代表監督ロジェ・ルメールさんの言葉

 「学ぶことをやめたら、教えることをやめなければならない」。

 平成25年8月9日、東京都教職員研修センター夏季集中講座「絶対NO! 体罰」で講師を務めた山口香さんが、体罰に頼らないスポーツ指導について語る中で、サッカーの前フランス代表監督の言葉として引用したものです。東京都教育委員会発行の「部活動指導等の在り方検討委員会報告書」で紹介されていました。

 詳しく調べてみると、2001年1月に当時のサッカー・フランス代表の監督であったロジェ・ルメール氏が、「第2回フットボールカンファレンス」でのスピーチの冒頭でおっしゃった言葉のようです。

 ソウルオリンピックなどの女子柔道でメダルを獲得した山口香さんですが、この言葉を引きながら、「指導者は選手や子供たちに多くのことを求めます。でも私たちも選手や子供たちに応えられるよう、日々何かを学ぼうという姿勢をもちながらやっていくと、きっとメンタルヘルスも保ちながら、良い指導ができていくのかなというふうに考えています」と述べられています。

 一流の指導者は、指導のクオリティーを維持し向上させるために、常に自己研鑽を怠らないものなのだということがわかり、感動しました。

 

wrote by m-hamada メイン: 21:43

2013年04月10日水曜日

李登輝・元台湾総統の言葉

 「結局、政治は忍耐である。耐え忍ぶ忍耐力をもたないと、ほんとうの勇気は出てこない。これこそ、政治の指導者が理想とすべき真の武士道精神ではなかろうか。
 ふりつもるみ雪にたえて いろかえぬ 松ぞををしき 人もかくあれ
 昭和天皇の御製(ぎょせい ※天皇・皇族の作られた詩文や和歌のこと。現在では、特に天皇のものに限って用いられている)である。昭和天皇もまた武士道をよく体現されたお方であった。そうでなければ、あのマッカーサーをたちまち心服させることなどできなかったであろう。この昭和天皇の御製をもって、私から安倍総理へのエールとさせていただきたい。」

 月刊誌『Voice』5月号に掲載された、李登輝・元台湾総統の論文「台湾が感動した安倍総理の友人発言」の最後のページの結びで書かれた言葉です。

 天皇陛下の和歌を引用され、武士道を語り、マッカーサーも登場させ、政治を論じて、安倍総理にエールを送られる、李登輝さんはすごい人だなあとただただ感動しました。

 

wrote by m-hamada メイン: 19:47

2013年02月24日日曜日

心臓外科医・天野篤さんの言葉

 「1つのことに力を注ぎ、高い質を求めて毎日がんばっていると、別にそれを目指したわけでもないのに自然と身に付いてくる感覚というものがある。それは経験に裏打ちされた“勘”のようなもので、たとえば『あれ、これはいつもとちょっと違うぞ』というような違和感だったり、なんとなく感じ取る空気だったりする。その感覚が、危険を事前に察知させてくれたり、苦境を乗り切る力を与えてくれたり、また新たな発見へと導いてくれたりすることも多いのだ。
 これは『一途一心』のご褒美だと、僕は思っている。
 一途一心とは、『ひたむきに、ひたすらに』ということ。僕が大切にしている言葉だ。
 1つのことに、ひたむきに取り組む。自分のことも、周りのことも気にならないくらい、無心になって向き合う。毎日、こつこつと努力を重ねる。そうやって一途に一心に自分の信じた道を突き進んでいると、いつもの自分が持っている以上の力が湧いてきたり、普段ならとてもできないようなことができたりすることがある。ひたむきに努力した者だけが手にすることができる“不思議な力”といったらいいだろうか」。

 これは、順天堂大学医学部心臓血管外科教授で、冠動脈バイパス術の専門家として知られる天野篤さん(1955年生まれ)の著書『一途一心』の中に書かれている言葉です。
 天野篤さんは、平成24年2月18日に天皇陛下の手術を行った「合同チーム」の一員としても話題となった人です。

 信頼している友人が、「素晴らしい本だった。一気に読んでしまった」と興奮気味に言うので、私も拝読。『一途一心』という本のタイトル通りの誠実な人柄が感じられ、感動するとともに、長い長い修行のような精進・研究の道のりのその先にある、究極の境地のようなものを見せていただいたように感じました。

 素晴らしい本を紹介してくださった友人に心から感謝しています。
 
 

wrote by m-hamada メイン: 21:04

2013年02月18日月曜日

髙野悦子さんの座右の銘

 「すべての女性運動は平和運動をもって帰結する」。

 2月9日に亡くなられた岩波ホール総支配人の髙野悦子さんが座右の銘としていた言葉で、もともとスウェーデンの社会思想家エレン・ケイの言葉であったようです。
 2月18日付けの毎日新聞・夕刊に東京国際女性映画祭ディレクターの大竹洋子さんが寄稿されていた、『深慮遠謀と前進の人 髙野悦子さんを悼む』の中で紹介されていました。

 大竹洋子さんは、エレン・ケイの影響を大きく受けたのが平塚らいてうであること、また、その平塚らいてうが髙野悦子さんの母校の先輩に当たることも紹介され、「女性は他の光によって輝くのではなく、自らの内面から輝くのだと宣言したらいてうの思想(『元始、女性は太陽であった』)を、髙野さんは映画人生の折々に実践した」とも述べられています。

 時代と空間を超えた、信念の人の絆が強く感じられ、心に残りました。

wrote by m-hamada メイン: 20:23

2013年01月30日水曜日

『聞く力』の著者・阿川佐和子さんが感動したという言葉

 「コミュニケーション能力が問われている今、どううまく伝えるかという発信のノウハウ本は多い。しかし本当のコミュニケーションとは、相手の言葉を黙って聞き、その人そのものを受け入れることではないか」。

 朝のテレビ番組で、ある人がなぜ『聞く力』がベストセラーになったのかを分析する中で語った言葉だそうで、阿川さん自身はこれを聞いて、目からうろこの思いだったようです。1月28日付け日経新聞・夕刊の連載インタビュー「人間発見 『聞く』ことは面白い(第1回)」の中で紹介されていました。

 連載の第3回(1月30日付け)では、「マスコミの仕事をするようになり、父(作家・阿川弘之さん)に繰り返し言われたこと」として、「『正義の御旗を掲げるな』。正論を語るのは、ただでさえ危険。『ましてや女が正論を吐くと、言っていることが正しくても、相手に届かない。声高に説き伏せようとする姿は滑稽にしか見えない。おまえも気をつけろ』。クギを刺されました」とも語られており、父子ともに哲学者のようだと感じ、興味深く読みました。

 議員も市民の意見をどれだけ受け入れているかが問われる立場だと思うので、よくよく心していきたいと思います。ペラペラと無駄なことばかり言って、なんて言われないように。
 

 

wrote by m-hamada メイン: 20:03

2013年01月04日金曜日

「八重の桜」のヒロイン 綾瀬はるかさんの言葉

 「“大河(ドラマ)”の主役は一生に一度のことですので、たくさん勉強して自分を磨く一年にしたいですね」。

 1月7日からスタートするNHKの大河ドラマ「八重の桜」で、ヒロイン・新島八重(にいじま・やえ)を演じる綾瀬はるかさんの言葉です。1月4日付け聖教新聞の「ヒューマン・インタビュー」で紹介されていました。

 言われてみれば確かにその通りかも知れませんが、「一生に一度のことですから」という言葉に、この大河ドラマに懸ける綾瀬はるかさんの強い思いが感じられ、心に残りました。

 「ならぬことはならぬ」という言葉を胸に、激動の幕末を力強く生き抜いた新島八重。
 その八重の信念の生き方と会津藩の気骨あふれる精神を、視聴者に確かに伝えようと懸命になっている綾瀬はるかさん。

 大河ドラマ「八重の桜」とともに力強く生きる一年にしたいと思いました。
 
 

wrote by m-hamada メイン: 19:05

2012年11月09日金曜日

北海道大学の山口二郎教授の言葉

 「もともと、中道は公明党の看板だ。私は中道、中庸というのは、戦争をしない、社会の公平、人間の尊厳という政治の土台の部分の価値観をしっかりと守る、踏まえる態度だと理解している」。

 11月9日付けの公明新聞3面に「いま政党政治に何が必要か」とのタイトルで掲載された、北海道大学大学院法学研究科の山口二郎教授のインタビュー記事に登場した言葉です。

 山口教授は、民主党幹部が「中道、中庸」と路線問題を語り出したことへのコメントとして発言していますが、「自民党よりも、もっと右に第三極がつくられてしまったら、全体的にとても右翼的な、憲法改正や軍事力行使、弱者切り捨て、新自由主義の方向に日本がなだれを打って崩れてしまう危険な局面に今来ている」とも述べられています。
 大事なことを指摘していただいた言葉として、感動しながら読みました。

 公明党の果たすべき役割をしっかりと主張していきたいと思います。
  

wrote by m-hamada メイン: 19:17

2012年10月26日金曜日

作家・柳田邦男さんの言葉(悲しみこそ・・・)

 「悲しみこそ真の人生の始まり」。

 NHK記者時代に『マッハの恐怖』で大宅壮一ノンフィクション賞、『犠牲 わが息子・脳死の11日』などで菊池寛賞を受賞され、この7月まで政府の福島原発事故調査・検証委員会の委員長代理を務められていた柳田邦男さん(1936年栃木県生まれ、76歳)の言葉です。最近の講演でよく話される言葉として、10月15日から26日まで連載された朝日新聞・夕刊の「人生の贈りもの」で紹介されていました。

 柳田邦男さんは、この言葉に関連して以下のようにも述べられています。
 「僕が少年のころに父や兄が亡くなり家庭が非常に貧しくなった。ある意味で悲しい時代ですが、そのおかげで、大切なことに気づいた。親のない子の気持ち、旅立つ者が残すべきもの……。
 人間って、喪失体験をしたり、厳しい局面にぶつかったりすることによって、心が耕され、成熟していく。同時進行では気づかなくても、時間をおくと見えてくる。悲しい体験のポジティブな側面に日頃からもっと気づくことが生き直す力につながるんじゃないかと思って、最近よく話しています」と。

 大変な苦労を乗り越えながら人生を歩んでこられたのだろうと想像され、その人間の強さに感動しました。じっくりと味わいたい言葉として心に残りました。
  
 

wrote by m-hamada メイン: 19:46

2012年10月25日木曜日

元朝日新聞編集委員・早野透さんの言葉

 「いま、日本政治を見ると、国家像を見失い、技術主義に陥り、ポピュリズムが跋扈する。そんな平成の世に、新聞記者が至近距離で見て聞いた、『わたしの田中角栄』を、吐き出しておきたい。『歴史の狡智』としての田中角栄を通して、日本政治の苦悶の過程を見てもらい、これからの日本に、人々がいたわりあえる、真の民主主義を実らせていくことができればと願っている。」

 早野透さんの著書、『田中角栄 戦後日本の悲しき自画像』(中央公論新社)のあとがきに書かれている言葉です。

 日本政治の長い歴史を誠実かつ熱心に観察されてきたことがわかり、「歴史の狡智」と「苦悶の過程」との表現に思索に思索を重ねられた哲学者の姿が感じられ、心に残りました。

 あとがきには、また、「『闇将軍』として政局にかかわる話はさすがに、縦横である。だが、それだけではない。政治とは何か、政治は何のためにあるのか、裏も表も含めてナマの表現で感じさせてくれることがある。あるいは記者という存在に聞かせておきたいと思ったかもしれない。」ともありました。
 政治家と記者との濃密な時間が描かれた、一幅の名画のように思われ、感動しました。

 本文中に書かれていた
「さすがに中曽根は角栄とわたりあってひけをとらない政治家の力量を持っていた。『政治は人間交響楽である。政治とは、いかに内閣をつくり、また内閣を倒すかということに帰着する。権力の攻防はすさまじいものがある』という政治観を持つ中曽根は、・・・」
という箇所も、高圧電流のようなものが感じられ、胸に響きました。

 早野透さんに尊敬の念を持つとともに、「人々がいたわりあえる、真の民主主義」が実っていくように心から念願し続けていきたいと思いました。

 
 

wrote by m-hamada メイン: 19:33

2012年10月12日金曜日

経済同友会終身幹事・小林陽太郎さんの言葉

 「教養とは何か。ある哲学者は『相手の立場に同意しなくても、相手の立場を理解できる学力と知的包容力を養うこと、また、よく対話ができること』と定義した。相手の立場を理解できれば、討論ではなく対話をすることができ、立場や考え方を超えて止揚を目指すことが可能になるというのだ。」

 月刊誌『世界』11月号に掲載されていた小林陽太郎さんの論文「いま交流を途絶えさせてはならない」の中に出てきた言葉です。
 日中友好関係を論じる中で述べられているもので、小林陽太郎さんは、「迂遠ではあっても、相互の文化、歴史、言語、思想などのリベラルアーツを包括的に学び、相手とよく対話できる、教養に富んだリーダーを育成することこそが、究極の課題だと思う。」と述べられています。
 小林陽太郎さんは、富士ゼロックス取締役社長、取締役会長、相談役最高顧問、経済同友会代表幹事を歴任されていらっしゃる方です。

 哲学者の定義から、相手の立場を理解できるようになるためには「学力と知的包容力を養うこと」が必要なのかと驚きました。
 そして、哲学者の言葉を引用しながら教養について触れ、日中友好関係の長期的な発展について語られていることに、小林陽太郎さんの深い教養が感じられ感動しました。

 

wrote by m-hamada メイン: 20:05

2012年07月28日土曜日

総合地球環境学研究所の佐藤洋一郎副所長の言葉

 「日本には『売り切れ御免』という文化があって、老舗の菓子店などでは売れ残りを防ぐため一定量しか作らなかった。消費者も売り切れたら『仕方ない』と納得していた。ところが今はいつでも買えるのが当然で、生産者は常に余剰を抱えている。売れなければ捨てる。売ろうとすればラベルを張り替えるなど偽装に走るしかない」。

 京都市の洛北にある総合地球環境学研究所で副所長を務めていらっしゃる佐藤洋一郎さんの言葉で、7月28日付けの日本経済新聞・夕刊に、「食と環境 佐藤洋一郎さんに聞く」とのタイトルで掲載されていたインタビュー記事の中に出ていました。
 最後の「偽装」というところは、センセーショナルに取り上げられた事件を思い起こさせますが、発生頻度は極めて低いものなので、ちょっとニヒルすぎるのではと感じますものの、全体として時代の一面を鋭く切り取っている大事な指摘だと思いました。

 ちょうど何日か前に、コンビニエンスストアの店長さんから、「コンビニは常に欲しいものが置いてあることを要求されている。お客さんがコンビニに来て、買いたいものが置いてなかったということが3回続くと、もうそのコンビニに来てくれなくなってしまう。だからロス(売れ残り)がないというのは決していい状態ではない」との話を聞いていたもので、余計に胸に響いたものと思います。

 日本に伝統的にある『売り切れ御免』の文化を再認識し、『売り切れ御免』を素直に受けとめられる雰囲気づくりに努めていきたいと思いました。
 
 

wrote by m-hamada メイン: 19:13

2012年07月18日水曜日

千葉大学教授・広井良典(よしのり)さんの言葉

 「人口減時代に『多極集中』を」。

 7月18日付けの朝日新聞に「復興への地域政策」として掲載されていた、千葉大学教授・広井良典さんの提言のタイトルです。

 本文では、
「東京への『一極集中』と、対立概念としての『多極分散』は高度成長期の産物で、両者は人口増加を前提とした表裏の考えだった。
 今後人々が暮らす場所は多極化していくが、単純に“拡散”するだけでは新たな限界集落をつくることになりかねない。地域の極となる街や集落は、集約的かつ自立循環的な空間になる必要がある。
 被災地への支援を新たな次元で展開することは、日本社会全体の構想とも、そのまま呼応する」
と述べられていて、新鮮な驚きを覚えました。

 首都圏に位置し東京と横浜に挟まれた、地理的条件がいいと言われる川崎ですが、集約的かつ自立循環的な街づくりをどのように進めていけばいいのか、しっかり考えていかなければと思いました。

 

wrote by m-hamada メイン: 20:19

2012年05月15日火曜日

作家・柳田邦男さんの言葉

「①制度や既往の取り組みを大きく変えることを嫌う。
 ②財政負担が増えることを安易に拒否の理由にする。
 ③人手を食う新しい仕事を引き受けたがらない。
 ④批判や反対が湧き上がるのを、社会的混乱の増大ととらえ、そうした事態が生じるのを避けようとする。
 ⑤とくに原発については、住民の不安を増大させるような新たな対応を嫌う。 
 ⑥重要な国策として事業を推進する仕事となると、草花を踏みつぶしていくブルドーザーのように取り組む。 
 ⑦費用対効果の評価、効率主義にこだわり、効果が格好良く見える仕事には、積極的にかかわったり支援したりする。逆に、効果が見えにくい仕事には興味を示さない。
 ⑧「できない」「引き受けたくない」という案件については、滔々と弁舌をふるう。」

 2012年6月号の『文藝春秋』に掲載されていた、柳田邦男さんの論文「原発事故 失敗の本質 保安院『消せない罪』」の中の一文です。

 官僚の考え方や思考の枠組みについて触れた中での言葉で、柳田さん自身は、「私は何も官僚を中傷するために、以上のようなことを列挙しているのではない」とおっしゃられています。

 しかしながら、なるほどなあと感じられるところがあり、興味深いと思いましたし、同時に、議会にあるものとしては、市民の皆さんから同じような印象を持たれることがないように気をつけなければとも思い、心に残りました。

 

wrote by m-hamada メイン: 21:08

2012年01月19日木曜日

アメリカの教育学者、ウィリアム・ワードの言葉

 「凡庸な教師はただ話す。良い教師は説明する。優れた教師は態度で示す。そして、偉大な教師は、心に火を付ける」。
 1月19日付けの東京新聞・夕刊1面の『紙つぶて』欄で、名古屋大学教授の篠原久典さんが引用されておりました。

 篠原教授は、さらに、パフォーマンスコーディネーターである手塚一志氏の「極端に言えば『ウンウン』とうなずく、だけでいい」との言葉も紹介。「コーチングの『極意』を会得途上の未だ、修行の身」と謙遜されながら、日々、大学院生を育成することに格闘されていると述べられていますが、教育の道を誠実に追求される姿がひしひしと伝わってきて、感動しました。
 
 

wrote by m-hamada メイン: 17:40

2012年01月15日日曜日

「名医の条件」に登場した笹子三津留さんの言葉

 「外科はサイエンス(科学)であり、アートでもあり、僕は両面が大事だと思っています。治療方針を決める根拠になるのがサイエンス。どんなに巧みな手術をしても、意味がない手術なら0点です。逆にやるべき治療をしても、100点満点のできばえかは別問題。アート、技量の世界です。工芸品の世界で匠(たくみ)と呼ばれる人たちは、経験を積み重ねながら、ものすごく考える。手術のうまい医者もほとんどがそうです。考えてやるほど手術が上手になるし、皆にわかるコツを発見する。
 コツはどんどん書いて流布した方がいいし、文字にできない部分は見に来てもらう。僕も若い頃は名人と呼ばれる先生の手術をたくさん見に行き、部分部分を盗み、試行錯誤しながら自分の流儀を作ってきました。術式と言えないまでもコツに属するものはたくさんあり、患者さんのためにもしっかり伝えていきたいと思っています。」

 1月15日付け毎日新聞の「名医の条件」で紹介されていました、兵庫医科大上部消化管外科主任教授・笹子三津留(ささこみつる)さんの言葉です。

 「外科はサイエンス(科学)であり、アート(芸術)でもある」という部分に感動。TBSの日曜ドラマ『JIN-仁-』やマンガ『ブラックジャック』などを見て、なんとなく感じていたことをズバリと言っていただいたようで、うれしいと思いました。

 「賢者は歴史に学び、愚か者は体験に学ぶ」という言葉でも有名なドイツ帝国の宰相、オットー・フォン・ビスマルクが述べたという、「政治とは可能性追求の技術である」という言葉が思い浮かびました。

 自分自身も匠(たくみ)のように「ものすごく考える」ことを心がけ、市民相談の対応や議会質問の技量をしっかりと高めていきたいと思いました。

 

wrote by m-hamada メイン: 15:32

2012年01月06日金曜日

作文コンクールの最優秀賞に輝いた中学2年生の言葉

 「目標は希望になる。希望に向かって前進する人は強く、どこまでも行ける」。

 中学生文化新聞主催の第42回「作文コンクール」で、「最優秀賞」に選ばれた千葉県千葉市の中学2年生、佐藤翔(かける)君の作文「『左手一本のシュート』を読んで」に出てくる言葉です。
 1月6日付の聖教新聞に掲載されていました。

 佐藤翔君は、バスケットボール選手の田中正幸君が高校入学の3日前に発症した脳出血による右半身まひを懸命なリハビリで乗り越え、インターハイ予選で左手一本のシュートを決めるまでの1167日間の物語を読み、その感動を作文に盛り込んでいます。

 その瑞々(みずみず)しい感動が凝縮した「目標は希望になる」という言葉に、自分自身もその物語の各場面に居合わせたような感動を覚え、胸に響きました。

 青少年の瞳が輝く川崎をめざし、今年もがんばろうと思いました。
 
 

wrote by m-hamada メイン: 12:07

2011年12月29日木曜日

「カレーハウスCoCo壱番屋」の創業者・宗次徳二さんの言葉

 「『早起きは三文の得』と言いますが、私に言わせれば『早起きは3億の得。超早起き(4時前起床)は30億の得』」。

 カレーの全国チェーン店「CoCo壱番屋」の創業者である宗次徳二さん(むねつぐ とくじ、1948年10月14日生まれ)の言葉として、12月29日付の産経新聞1面の『産経抄』に紹介されていました。

 宗次徳二さんは、石川県生まれで、生後まもなく兵庫県尼崎市の孤児院に預けられ、3歳のときに宗次家に養子に入るという経験をお持ちのようですが、カレーハウスCoCo壱番屋を1978年(昭和53年)に創業し、1982年(昭和57年)には株式会社壱番屋として代表取締役社長に就任。今や1000店舗を超える会社に発展させています。
 1998年(平成10年)に代表取締役会長となり(社長・会長職の後任は、それぞれ妻である直美さん)、2002年(平成14年)、代表権のない特別顧問に。
 2003年(平成15年)にはNPO法人イエロー・エンジェルを設立し、その理事長としてクラシック音楽の普及活動や数多くの講演活動に東奔西走されているようです。

 そして、なんと20年以上前からずっと朝4時台には出勤しているとのこと。「朝に勝て!」とはよく伺う指導ですが、4時前に起床するというのには驚きました。

 20年以上も超早起きを続けている人があるという事実をよくよく頭に置いて、価値ある日々を送って行かなければと思いました。

 

wrote by m-hamada メイン: 22:29

2011年12月22日木曜日

大石内蔵助を演じる舘ひろしさんの言葉

 「内蔵助を演じながら私利私欲を押し殺して全体に尽くす姿こそ、真のリーダーだと感じました」。

 毎年、赤穂浪士47人が吉良屋敷に討ち入った12月15日の前後になると、忠臣蔵のことが話題になりますが、今回は正月恒例の長時間時代劇に「忠臣蔵」が登場。その1月2日テレビ東京で放送される予定の『忠臣蔵 その義その愛』で、大石内蔵助役を演じる舘(たち)ひろしさんの紹介記事に登場していたのが冒頭の言葉です。12月22日付の毎日新聞・夕刊で紹介されていました。

 俳優が役になりきって演じる中で、このようなことを感じるのだなと興味深く思い、心に残りました。

 川崎市議会議員の一人として自分自身も、私利私欲を押し殺して全体に尽くす姿というものをしっかり胸に刻んでおきたいと思いました。

 

wrote by m-hamada メイン: 19:42

2011年12月17日土曜日

藤原正彦さんの言葉

 「小学校時代から本を読む習慣をつけることが大事です。先人の知恵や歴史を知り、叙情的な小説、文学に浸ることが真の教養や大局観、歴史観の形成につながります」。

 
 お茶の水女子大学名誉教授で、『国家の品格』や『日本人の誇り』などの著者でもある、藤原正彦さんの言葉です。12月17日付けの日経新聞・夕刊の「こころのページ」に載っていました。
 藤原さんは、実際は違うのでしょうが、「私だって日ごろ95%は利害得失を考えています」とユーモラスに語りながら、続けて、「残る5%でいい。それをもののあわれや惻隠、懐かしさなど情緒で埋めてほしい。それが国柄を復興する道です」と述べられています。
 国を思う情熱と知性とユーモアのセンスにあふれていることに、心から感動し、敬意を表したいと思いました。そして、本を読む習慣をつけなければ、と心に誓いました。
 
 

wrote by m-hamada メイン: 18:09

2011年11月10日木曜日

『たけくらべ』の最後の十数行

 「たけくらべの最後は名文だ」とおっしゃる方があり、読んでみました。
 子どもから大人への変化の一面と、思春期の心の揺れ、幼なじみとの心の交流、そして、淡い恋心のようなものが感じられ、懐かしいような思いに。

 文庫本(新潮文庫)の巻末には、三好行雄さんの解説があり、樋口一葉さんが明治29年11月23日に25歳の若さで亡くなられたことと、その前のいわゆる“奇蹟の一年間”に『たけくらべ』『にごりえ』『十三夜』などの名作を発表されたことを知りました。
 「生涯の大半を不遇のうちに過し、名声のトバ口にたたずんだままで夭折(ようせつ)した」との三好行雄さんの言葉に、見事な表現だなあと感動しました。

 『たけくらべ』の最後の十数行は、以下の通りです。

 美登利はかの日を始めにして生れかはりし樣の身の振舞、用ある折は廓の姉のもとにこそ通へ、かけても町に遊ぶ事をせず、友達さびしがりて誘ひにと行けば今に今にと空約束(からやくそく)はてし無く、さしもに中よし成けれど正太とさへに親しまず、いつも恥かし氣に顏のみ赤めて筆やの店に手踊の活溌さは再び見るに難く成ける、人は怪しがりて病ひの故(せい)かと危ぶむも有れども母親一人ほゝ笑みては、今にお侠(きゃん)の本性は現れまする、これは中休みと子細(わけ)ありげに言はれて、知らぬ者には何の事とも思はれず、女らしう温順(おとな)しう成つたと褒めるもあれば折角の面白い子を種なしにしたと誹るもあり、表町は俄に火の消えしやう淋しく成りて正太が美音も聞く事まれに、唯夜な/\の弓張提燈(ゆみはりでうちん)、あれは日がけの集めとしるく土手を行く影そゞろ寒げに、折ふし供する三五郎の聲のみ何時に變らず滑稽(おどけ)ては聞えぬ。
 龍華寺の信如が我が宗の修業の庭に立出る風説(うはさ)をも美登利は絶えて聞かざりき、有し意地をば其まゝに封じ込めて、此處しばらくの怪しの現象(さま)に我れを我れとも思はれず、唯何事も恥かしうのみ有けるに、或る霜の朝水仙の作り花を格子門の外よりさし入れ置きし者の有けり、誰れの仕業と知るよし無けれど、美登利は何ゆゑとなく懷かしき思ひにて違ひ棚の一輪ざしに入れて淋しく清き姿をめでけるが、聞くともなしに傳へ聞く其明けの日は信如が何がしの學林(がくりん)に袖の色かへぬべき當日なりしとぞ。

 

wrote by m-hamada メイン: 17:35

2011年10月30日日曜日

小泉今日子さんが書評の中で紹介していた言葉

 「人を騙(だま)せる人間は自分のことを正しいと思える人なんです。逆に騙される方は、自分が本当に正しいのかといつも疑うことができる人間なんです」。
 10月30日付けの読売新聞に、小泉今日子さんが『平成猿蟹合戦図』(吉田修一著、朝日新聞出版)についての書評を書かれていましたが、その中で紹介されていた言葉です。
 小説の登場人物の一人である、チェロ奏者のマネジャー女史が述べている言葉とのこと。人間心理の不思議さについて、対比を用いてわかりやすく示していて、なおかつ、深みがあり、面白いと思いました。
 自分が本当に正しいのかといつも自分を客観視しつつ、自分のことを正しいと思い込んでいる人の心理を見抜けるような、そんなまなざしは・・・・・。と考えましたものの、人間は感情の動物でもあるし、難しいだろうなと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 14:28

2011年10月15日土曜日

スティーブ・ジョブズの言葉

 「自分の内なる声が雑音にかき消されないように。心と直感に従う勇気をもってほしい」。

 米アップル社の創業者であるスティーブ・ジョブズ会長(スティーブン・ポール・ジョブズ Steven Paul Jobs 1955年2月24日~2011年10月5日)が、2005年6月12日、スタンフォード大学卒業式でのスピーチで述べた言葉です。
 同スピーチの最後は、「ハングリーであれ。愚かであれ」との言葉で締めくくられ、この言葉の方が有名かと思いますが、スティーブ・ジョブズ氏が10月5日に亡くなられたことから新聞各紙に評伝の掲載が続き、その中で見つけました(10月15日付の朝日新聞・夕刊)。

 1995(平成7)年1月26日、池田SGI会長がハワイ・東西センターにおいて「平和と人間のための安全保障」とのテーマで講演し、その最後を以下のようなマハトマ・ガンジーの言葉を引いて結ばれたことを思い出しましたが、それはジョブズ氏の言葉と似ていると感じたからです。

 たとえ一人になろうとも、全世界に立ち向かい給え!
 世界から血走った眼で睨まれようとも、君は真っ向から世界を見すえるのだ。
 恐れてはならない。
 君の心に響く、小さな声を信じ給え!

 これが池田SGI会長が引用されたマハトマ・ガンジーの言葉ですが、二つの言葉には、自分が正しいと思うこと、世の中のためになると思うこと、人類の平和と繁栄につながると思うこと、そういうことに向かって迷わず進んでほしい、との共通したメッセージが込められているような気がしました。

 お二人の言葉を大切に抱きしめていきたいと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 20:13

2011年10月14日金曜日

映画『ツレがうつになりまして』の監督の言葉

 「原作のマンガを読み、温かさと力強さが共存していることに目からウロコが落ちる思いに。うつ病で苦しんで闘っている大勢の人たちの手助けになるはずと感じ、何としても映画化したいと思った」。
 これは、話題の映画『ツレがうつになりまして』の監督をつとめた佐々部 清(ささべ・きよし)さんの言葉です(10月14日付の読売新聞・夕刊、日経新聞・夕刊などより)。
 目的意識をもった人の強さが伝わってきて、感動しました。

 映画の中では、うつ病に対処するコツとして「あ・と・で」というキーワードも紹介されていて、「あ」は焦らない、「と」は特別扱いしない、「で」はできないことはできないとハッキリさせる、とあり、これもおもしろい言葉だと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 21:09

2011年09月30日金曜日

わさび警報装置がイグ・ノーベル化学賞!

 「聴覚障害者に危険を知らせるために考えた技術が世界に評価されて、本当にうれしい」。

 9月29日にアメリカ・ハーバード大学(Harvard University)で行われた「イグ・ノーベル賞」の授賞式では、今年度の「化学賞」を7人の日本人が共同受賞しましたが、冒頭の言葉は、そのうちの一人である、香りマーケティング協会理事長の田島幸信さん(57)のものです。

 「イグ・ノーベル賞(英: Ig Nobel Prize)」 とは、1991年に創設された、「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に対して与えられる賞のことで、イグ・ノーベルの名は、「ノーベル賞」に反語的な意味合いの接頭辞を加えたもじりであるとともに、「卑劣な、あさましい」を意味する " ignoble " と掛けているようです。(ウィキペディアより)

 日本人のイグ・ノーベル賞受賞は5年連続で、今回の受賞者は、田島理事長をはじめ、滋賀医科大講師の今井真さん、株式会社シームスの漆畑直樹さんと種村秀輝さん、 エア・ウォーター防災の後藤秀晃さんと溝口浩一郎さん、琵琶湖病院の村上純一さんの7人。
 受賞内容は、「火災など緊急時に眠っている人を起こすのに適切な空気中のわさびの濃度発見と、これを利用した『聴覚障害者に火災を知らせるわさび警報装置』の開発」ということであり、「非常にユニークかつ実用的」(同賞事務局)と評価されたようです。

 
 これまで聴覚障害者向けには、光や振動を使った警報装置がありましたが、就寝時に気付きにくく、不安の声が上がっていたことから、においを活用した装置の開発が進められ、「ミントのにおいでは心地よくなり、寝てしまいそう」、「からしでは刺激が強すぎて危険」など、7年がかりの試行錯誤を経て、「わさび」のツーンとするにおいにたどり着いたとのこと。
 わさび警報装置が作動して、におい成分が噴き出すと、約20秒で9畳の部屋ににおいが充満するようで、聴覚障害者ら14人を対象とした臨床実験では、鼻詰まりの1人を除き、約2分でみんなが目を覚ましたということです。

 ユーモアと熱意に富んだ研究に感動しつつ、今後とも日本から世界的な評価を受ける研究が続々と生まれてほしいと、強く思いました。

wrote by m-hamada メイン: 21:33

2011年09月07日水曜日

松山市役所内の1階に掲げられていた言葉

 「恋し、結婚し、母になったこの街で、おばあちゃんになりたい!」

 公明党川崎市議団で「この街が好きだ」というキャッチフレーズについて話し合っていたところ、「松山市役所で見たあの言葉がいい!」ということで皆の意見が一致。ところが、「確か、おばあちゃんが何とかという感じだった」とか、「母が出てきた」とか言うものの、正確な言葉が思い出せず、何となくもやもやしたままに。インターネットで松山市のホームページを調べてたどり着き、ようやくスッキリしました。
 それがこの言葉です。

 ホームページをよく読むと、2000年10月に「あなたのことばで元気になれる だから、ことば大募集」と銘打って、「21世紀に残したいことば」を募集。全国から12,001作品の『ことば』が寄せられ、その中で松山市長賞に輝いたのがこの言葉とのこと。
 さらに、5年後の2005年3月3日に開催された、日本ペンクラブ「平和の日・松山の集い」の中で、この言葉に感動したゲストの新井満(あらい まん)さんと三宮麻由子(さんのみや まゆこ)さんが、即興で歌を披露し、それが『この街で』という歌になったということがわかりました。

 幸せな人生の姿を示している、多くの人の胸に残るいい言葉だったのだろうなと感じ、川崎からもこんな言葉が生まれるようにしたいものと強く思いました。

wrote by m-hamada メイン: 11:34

2011年09月03日土曜日

あしなが育英会会長・玉井義臣さんの言葉 

 「社会変革は不幸を背負った人間にしかできない。怒り、悲しみ、苦しみが深ければ深いほど、運動は大きくなる」。
 9月3日付の産経新聞「転機。話そう、話しましょう(35)」に掲載されていた、あしなが育英会会長の玉井義臣(たまい・よしおみ)さんの言葉です。

 国会議員の秘書をしていたときに、あしなが育英会の支援を受けて通学している大学生や高校生が、毎年のように議員会館へ要望活動に来られていましたが、その礼儀正しい姿が強く印象に残っていたため興味深く読みました。

 「あしなが育英会」は、病気や災害(道路における交通事故を除く)、自死(自殺)などで親を亡くした遺児や、それらが原因で親が重度の障害を負った家庭の子どもたちを支援する奨学金であり、名称は、アメリカの小説家ジーン・ウェブスターが1912年に発表した小説『あしながおじさん』(Daddy-Long-Legs) にちなんでいます。
 
 玉井義臣さんは、28歳の時に母親を交通事故で亡くされ、54歳の時には奥さんをがんで亡くされていますが、それだけに、その玉井義臣さんが「社会変革は不幸を背負った人間にしかできない」とおっしゃる言葉に強い意志が感じられ、心に響きました。
 同じような強い意志を持って、市民生活向上のために活動していかなければと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 20:03

2011年08月26日金曜日

長嶋茂雄さんの言葉

 「これまでをふり返ると、野球だけの人生といってもいいね。勝つために努力を重ねてきました。しかし常によい結果が出たとは限らず、失敗もある。それをはねっ返そうと、再び努力する。努力、努力の積み重ねですね。それだけ厳しいから、人には明るく接しようと思っています。」
 8月26日付け朝日新聞の『人生の贈りもの』に掲載されていました。インタビュー形式の連載記事で、インタビュアーに「長嶋さんは、いつも人生を前向きにとらえていらっしゃいます」と聞かれたことに対する長嶋茂雄さんの答えです。

 他のインタビューの中では、「プロになって間もなく『長嶋は天才だ。大した練習をしなくても打つ』などとマスコミに書かれ、天才らしく振る舞おうと、人前では練習を大っぴらにできなくなった。天才のイメージに応えるためには、人の目のないところで人の何倍も練習しなくてはならない。ひたすら練習は続けました。打てなかった日は自宅に直行して食事もそこそこにバットを振りました。夢中で振るうちに外が白々と明るくなったこともありました。」とありました。
 天性の素質とともに、大変な努力の人であることがわかり、感銘を受けましたが、その長嶋さんが「それだけ厳しいから、人には明るく接しようと思っています」とおっしゃるところに、周囲の皆さんへの大きな心遣いを感じ、尊敬の念を強くしました。

 リハビリが順調に進み、「目標」と言われている「始球式で投げること」が一日も早く実現しますよう心からお祈り申し上げます。
 

wrote by m-hamada メイン: 21:53

2011年08月06日土曜日

医師兼作家の帚木蓬生(ははきぎ ほうせい)さんの言葉

 「あれ以来、一作ごとが、遺作のような気持ち。悔いのない作品を残したい。アメリカの格言にある<きょうは私に残された人生の 最初の日である>という言葉が日々、頭に浮かぶんです」
 3年前に急性骨髄性白血病に罹(かか)り半年間入院したという、医師であり作家でもある、帚木蓬生(ははきぎ ほうせい)さんの言葉です。8月6日付の東京新聞・夕刊の文化面に掲載されていました。
 平日の日中は、福岡県中間(なかま)市にある「通谷(とおりたに)メンタルクリニック」の医師として仕事に没頭し、午前4時から6時までの明け方の2時間だけ作家の顔になるという生活を35年間続けて来られたようです。「1日4枚ずつ。だいたい月に100枚書く。そうすると、年一作くらいは、長編が出せる」とのことで、『閉鎖病棟』で山本周五郎賞、『逃亡』で柴田錬三郎賞を受賞されています。
 今も2ヶ月に一度は検査に通院されているようですが、病気を転機に「一作ごとが、遺作のような気持ち」と述べられている帚木さんの真剣な姿に、心から敬意を表し、拍手を送りたい気持ちになりました。

wrote by m-hamada メイン: 21:00

2011年07月26日火曜日

渡辺淳一さんの言葉

 「恋愛の本質は永遠性を願う気持ちです」。
 7月26日付の朝日新聞・夕刊「文芸/批評」に、6月30日発刊の渡辺淳一さんのご著書『天上紅蓮』(文藝春秋)のことが取り上げられており、その中で渡辺淳一さん自身の言葉として紹介されていました。
 現在、77歳のようですが、70歳を過ぎても好奇心は尽きないと述べておられ、「人間は意外と変わらないものだというのは、年をとって初めて分かる。いまも、日々好奇心でいっぱいでいる。せっかく年をとるのだから、わくわくしていないともったいない」ともお答えになっています。情熱的ですばらしいし、おもしろいなとも感じました。
 豊かな高齢社会へ、ますますお元気に「老いを描く文学」を著し続けて行っていただきたいものと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 20:45

2011年07月14日木曜日

昭和47年に岩手県の大学4年生を激励された言葉

 「ずうずうしく生きていきなさい」。
 激励された本人の言葉によると、「少し神経質で、就職でも健康でも不安を抱えていました。それをパッと見抜かれた。あの一言で『よし、やってやるぞ!』と闘志が湧いてきました」とありますので、本人にとって忘れられない、すごい言葉だったのだろうなと思いました。
 7月14日付の聖教新聞に掲載されていたもので、昭和47年7月14日の岩手での出来事として書かれていた中で紹介されていました。
 その場面が目に浮かぶように感じられ、心に残りました。

wrote by m-hamada メイン: 12:09

2011年07月05日火曜日

山田太一さんの言葉

 「今回の東日本大震災で、一時期、死者、行方不明者あわせて3万人弱という数字が出てみんな驚いた。だが、日本では毎年3万人を超える自殺がある。それだけ生きていても仕方ないと思う人がいる社会というのは、やはり異常だ。人間は何日も絶望したままでは生きられず、ある瞬間を乗り越えられれば生きていけるのに、そうなっていない。また、絶望の根底には、自分は生きる価値がないとか、あいつは駄目な奴(やつ)といったマイナスの思考が見られるが、今の社会は、マイナスをなくそう、なくそうとし過ぎるのでは。人生はプラス、マイナス両面から成り立っている。人間はマイナスによっても育まれるということに、みんながもっと気づけば生きやすくなる」
 7月5日付の読売新聞に掲載されていました山田太一さんの言葉です。「震災 生き直す機会に」との見出しがついており、介護や孤独死、子育てなどについて、インタビュー形式で語られる中で述べられているものです。
 画一的ではない、多様な視点をもって人間を見つめ、強さもあれば弱さもある人間そのものを、あるがままの姿で肯定するような寛容さを感じ、温かいなと感じました。
 多くの方に目にしていただきたいインタビューだと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 20:51

2011年06月16日木曜日

韓非子の言葉

 「過失をおかしながら忠臣のことばを聴きいれず、一人で自分の思ったとおりにしていると、名声を失って人の笑いものになっていく始まりである」。
 6月16日付の産経新聞「政論 菅首相『尊敬する人』李登輝氏に何を学んだのか」(阿比留瑠比)の中で紹介されていました。
 「古典に親しんでいれば、鏡に映る無能かつ危険な暴君の姿にわれに返るはずだが…」とも書かれていますが、今の政局を切り取ってみせてくれる的確な言葉に驚き、その博学さに感心しました。

wrote by m-hamada メイン: 15:38

2011年06月14日火曜日

「小さな靴」という詩

 「おとなの 疲れた靴ばかりのならぶ玄関に
  小さな靴は おいてある
  花を飾るより ずっと明るい」

 詩人・高田敏子さんの「小さな靴」という詩です。6月14日付の聖教新聞「名字の言」で紹介されていました。

 靴だけで回りを明るくする。やっぱり、子は宝だ、と思いました。

wrote by m-hamada メイン: 09:21

2011年06月04日土曜日

川崎市医師会の笹本副会長のご挨拶より

 「『一眼は遠く歴史の彼方(かなた)を、そして一眼は脚下の実践へ』。大学時代に教わった哲学者・森信三先生の言葉で、いらい胸に深く刻まれています」と。
 笹本副会長は、川崎市医師会の役員を長く勤められ、このたび退任されることとなられました。その退任のご挨拶の中でのひとこまです。
 式典のあとの懇親会でお話しする機会があり、素晴らしい言葉を紹介していただいたことにお礼を申し上げると、微笑みながら「理想と現実、理念と実践の両方を大事にと、おっしゃったものと受けとめています」と。
 誠実なお人柄に触れ、豊かな時間を持てたようで感激しました。
 私自身も大事な言葉として胸に刻みつけていこうと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 18:10

2011年06月03日金曜日

孔子の言葉(論語)より

 「学びて思わざれば則ち罔(くら)し、思いて学ばざれば則ち殆(あやう)し」
 『論語』の為政篇に登場する言葉です。「読書にのみにふけって思索を怠ると、知識が身につかない。思策にのみにふけって読書を怠ると、独善的になり危険である」という意味になると思います。
 ある方が講演の中で引用してくれましたが、読書して自分で考えることが大事と強調されていたことが印象に残りました。
 「青年は読書と思索の暇を持て」との戸田先生の言葉も思い起こされ、胸が熱くなりました。

wrote by m-hamada メイン: 22:25

2011年05月28日土曜日

サルトルを研究している海老坂武さんの言葉

 「現代は知識人とは何かが問われています。サルトルが強調していたのは、自分の研究の目的は何かを、別の視点から見る必要性でした。別の視点で専門分野を眺めるときに、人は知識人になるという言い方をしています」。
 フランス文学者として、フランスの哲学者であり文学者であったサルトルについて、研究を重ねてこられた海老坂武さんの言葉です。5月28日付の日経新聞・夕刊に掲載されていました。
 人間の陥りやすい「自分が見えなくなる」「自分が客観視できなくなる」ということが、知識人にもあるということと、それをサルトルが鋭く指摘していたということに関心を持ちました。
 味わい深い言葉だと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 19:55

2011年05月23日月曜日

海岸線の長い日本

 「日本は『島国』であるが、その島国は山がちの風土であるがゆえに、複雑な海岸線をもつ。面積は小さいけれど、海岸線の長さは世界第6位なのだ(資料によっては第5位)。中国の2倍、アメリカの1.5倍に及ぶ」。

 5月23日付の東京新聞・夕刊に掲載されていた、松本健一さんの論文「大震災と日本の変革(上)」の中の一節です。改めて、複雑な海岸線をもつ“島国・日本”を再認識することとなり、驚きました。

 ある資料では、海岸線が長い国の第1位はカナダで、海岸線は20万2,080キロメートル、2位はインドネシアで5万4,716キロメートル、3位ロシア3万7,653キロメートル、4位フィリピン3万6,289キロメートル、5位日本2万9,751キロメートル、6位オーストラリア2万5,760キロメートルとあり、中国は第10位で1万4,500キロメートル、アメリカは第8位で1万9,924キロメートルでした。

 ちなみに面積の大きさでは、日本は第62位。1位はロシアで、2位カナダ、3位アメリカ、4位中国となっていました。

 それ以外の観点として、松本健一さんは、日本の開国期と地震の関係についても論究。第1の開国期にあたる幕末・維新の時期については、1853年のペリー来航(語呂合わせ:人はいつ見た黒い船)のあと、1854年11月と1855年10月に安政大地震が起こったことを示し、第2の開国期にあたる終戦の時期については、終戦前の1944年12月に東海道地方で地震・津波が起こり、終戦後の1946年12月に南海道大地震が起こったことを示しています。
 そして、開国期と地震の発生には不思議な同時化現象がみられることを指摘され、3・11東日本大震災が発生した現在は、まさに第3の開国期を迎えていると言えるとしています。

 歴史を深く見つめ、研究を続けていらっしゃる歴史学者の鋭い洞察力を感じるとともに、第1の開国期、第2の開国期と同様に、今の開国期、激動期のあとには輝かしい日本の発展が待っているとして、歴史学者の立場から国民を励まそうとしているようなものが感じられ、感動しました。

wrote by m-hamada メイン: 20:34

2011年05月18日水曜日

アインシュタインの言葉

 「思索の世界では基本的に、性格が偉人を生み出す。いちばん大事なのは、けっして妥協しないということである」。

 5月16日に亡くなられた俳優で大変な読書家であった児玉清さんが、2008年2月24日の産経新聞の書評欄で、サイラス・M・コープランド著の『友よ 弔辞という詩』という本のことを紹介していたことがわかりました(産経新聞より)。
 不思議なことに、この弔辞についての本の書評が最後の書評になったようですが、児玉さんが弔辞について、「息遣いまで伝わる惜別の言葉」と述べていることに興味を持ち、本を読んでみました。

 冒頭の言葉は、1955年5月22日、ロサンゼルスのカリフォルニア大学ロイス・ホールで行われた、アルバート・アインシュタインの追悼式で、助手のアーンスト・ストラウスが弔辞の結びに引用したアインシュタインの言葉です。

 哲学的な力強い言葉を残されたアインシュタインと、それを紹介した助手のアーンスト・ストラウス、そして、そのことが書かれた本を教えてくれた児玉清さんに感謝したいと思いました。

 

wrote by m-hamada メイン: 18:30

2011年05月14日土曜日

作家・平岩弓枝さんの言葉

 「せりふ一つでも、人間がしっかりと書けていればその人らしいものになる。そうしたものの狂いがないかどうかを判断してきた。もう一つは、人間の多面性をどう書くか。いい人間にも欠点があり、悪い人間もある時には愛嬌(あいきょう)がある。人間、一重人格では生きられない。二重、三重のものを書くのが面白くもあり、難しい作業でもあるんです」。

 直木賞の選考委員を1987年7月から2010年1月まで23年間、46回にわたり務められた、平岩弓枝さん(1932年3月15日生まれ 1959年 『鏨師(たがねし)』で第41回直木賞受賞 1990年 『花影の花』で第25回吉川英治文学賞受賞 )の言葉です。
 5月14日付の東京新聞・夕刊の文化面「土曜訪問」で紹介されていました。

 直木賞選考で第一の基準に据えてきたのが「人間が書けているかどうか」だったとして、冒頭の言葉を述べられています。

 大ベテランの作家でも、ひとりの人間を理解し描くのに大変な努力をされ、苦労もされているということがわかり、感動しました。

 ひとりの人をじっくりと見つめ、その多面性を少しでも理解できる人間に、ぜひ成長したいものと思いました。

 

wrote by m-hamada メイン: 21:06

2011年04月29日金曜日

哲学者・中村元さんの仏教学者らしい言葉

 「怒ったら原稿が見付かるわけでもないでしょう」。
 中村元さん(なかむら はじめ、1912年(大正元年)11月28日~1999年(平成11年)10月10日、86歳で逝去)は、1975年、63歳の時に『佛教語大辞典』(東京書籍)を出版されていますが、これより8年前、いわば幻の『佛教語大辞典』というものを20年かけて1人で執筆し、いよいよ完成という段階で編集者が約3万枚分の原稿を間違って失くしてしまうという事件があったようです。そのときに中村元さんが発したというのが冒頭の言葉です。
 中村さんは怒りもせず、翌日から再び、地道に最初から書き直しをして、8年かけて完結させたようです。第1巻・第2巻・別巻の3冊の大辞典として刊行し、「お陰様で、より良いものができました」と述べたそうです。
 真実の意味で仏教の精神を学んでいると言える、大仏教学者らしい言葉と態度であると思い、心に残りました。

wrote by m-hamada メイン: 15:55

2011年04月26日火曜日

数学者・藤原正彦さんの言葉

 「(ビュッフェ形式のホテルの大食堂で)男女2人で食べているのはほとんどが夫婦で、時々、恋人同士や愛人同士がいる。夫婦の場合、余り話そうとしないからすぐ分かる。先日私の3メートルほど横に座った60代らしき夫婦は、何と朝食の30分間、唯の一言も会話を交わさなかった。黙々と食べて黙々と引き揚げた。
 夫婦の場合、たとえ会話を交わしても笑顔がないからすぐ分かる。冗談を言うのも笑うのも面倒なのだろう。恋人や愛人の場合はつまらない冗談をさも面白そうに笑っているからすぐ分かる。年格好が似ていれば恋人で、離れていれば愛人とみなすことにしている」。

 お茶の水女子大学名誉教授で、『若き数学者のアメリカ』(1977年)や『国家の品格』(2005年11月、新潮新書)の著者としても有名な、藤原 正彦さん(1943年(昭和18年)7月9日生まれ 新田次郎さん、藤原ていさんご夫妻の次男)の言葉です。4月26日付の読売新聞・夕刊の「たしなみ 聞き耳のマナー」で紹介されていました。

 大数学者がこんなにもウィットに富み、興味深い文章を書かれていることに、大変に感動しました。文科系以上に人間観察が鋭い理科系の存在。私のつまらない固定観念をスパッと打ち破ってくださり、うれしく思いました。

 愛人と思われる二人の様子について、「男の方は一様に、周囲の目を気にするのかうつむき加減でぼそぼそ話すのに、女の方はたいてい堂々としている」という描写もあり、思わず吹き出してしまいました。

 これからも鋭く、深く、面白い文章を読ませていただきたいと、ご健康とご活躍を心から念願しました。

 

wrote by m-hamada メイン: 21:36

将棋の羽生善治さんの言葉

 「統計や確率は万能じゃない。だからこそ、本来人間がもつ野生の勘のようなものを磨くことを意識的にやった方がいいと思っているんです。それは、不慣れな環境にあえて行くことです。(略)勝手のわからないところに身を置くと、今まで眠っていた力が自然に出てくる。実践の対局でも、経験知の少ない局面であれば、そこでいろいろなものを手探りで見つけ出そうとして一生懸命にもがき、そのもがきが次につながる。誰だって、不慣れな環境は嫌だし、年を重ねれば、守りの姿勢にもなる。でも、大きなリスクは必要ないんです。何でもいいから、いつもとは違う小さなリスクや小さな変化を取り続ける。それが数年経った時には、以前の自分とはぜんぜん違う姿になっている。(略)将棋は理詰めだけでは絶対にうまくいかない。社会も完璧なものを求めるよりも、多少の欠点やおかしなところがあっても、それを認めて許容できるぐらいのルールや慣習があった方が暮らしやすい社会になるように思うんです」。
 棋士としてのタイトル獲得数が78期という、輝かしい業績を挙げている羽生善治さんの言葉です。ホームレスの支援を進めている雑誌「THE BIG ISSUE」の164号に、特別インタビューとして掲載されていました。
 慣れない環境に身を置き、変化し続けて野性の勘を磨こうという、勝負師の考え方に、不思議なものを感じました。
 進化を求め続ける向上心と、野性の勘を大切にする人間臭さの共存に、面白みを覚えました。

wrote by m-hamada メイン: 18:53

2011年03月24日木曜日

澤地久枝さんの言葉

 「夏の暑いころです。家に帰れるのは夜11時、銭湯は7時まででした。貧乏だったから洋服も母の手作りのワンピース1着、着たきりなわけ。汗くさくてね。みじめだったな。でもこれが編集者として一本立ちした最初でした。」
 「今も思い出すのが月1回の編集会議。企画プランを出すのですが、その順番が社歴が浅い人から。私は経理部にいた分があるから最後のほうで、雑談で口にしていたプランを先に言われてしまったりしてね。会社を辞めて10年ぐらいは編集会議前夜の夢を見ました。」
 3月22日付の朝日新聞・夕刊「人生の贈りもの・連載5」に登場しました澤地久枝さんの言葉です。
 中央公論社にお勤めになられていた時のことを述べられているのですが、会社を辞めても10年程は編集会議前夜の夢を見た、というお話に、相当に大変だったのだろうなと会議の様子が想像され、心に残りました。
 3月24日付「連載7」の顔写真の横に書かれた「80歳まで生きてみると、すべてのことがみんな、よかった」という言葉をみて、人生の荒波を乗り越えてこられた澤地さんの姿に、心からの拍手を送りたいと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 20:17

2011年03月10日木曜日

諸葛亮孔明の出師の表について

 「古来から名文中の名文とされている」とあり、学んでみたいと思いました。

 調べてみると、「『諸葛孔明の出師の表を読みて涙を堕さざれば、その人、必ず不忠』(『箋解古文眞寶(せんかいこぶんしんぽう)』の安子順の発言部分)と言われてきたほど、諸葛亮の蜀に対する忠義が如実にあられている」という文章にも出会いました。
 
 出師の表とは、建興5年(227年)、諸葛亮が主君の劉禅に奉った上奏文のことで、一般に「出師表」と言えばこの文章を指しますが、「後出師表」と区別するために、「前出師表」と呼ばれることもあるとのこと。自分を登用してくれた先帝劉備に対する恩義を述べ、あわせて若き皇帝である劉禅を我が子のように諭し、自らの報恩の決意を述べた文のようです。

 後出師表は、孔明が先帝である劉備から、逆賊である魏を討伐するようにと言われてきたことを確認し、魏の力があまりに強大で、自分の力はあまりにも弱く、このままでは蜀は魏に滅ぼされるであろうとし、坐して滅亡を待つよりは、先手を取って魏を討滅すべきであると述べているとのこと。そして、その中で、良からぬ輩が、自分の北伐を批判していると述べているとあり、諸葛亮孔明ほどの人にも批判があったのかと驚きました。

 批判に対して、孔明は、6つの疑問点をあげてその批判の不当さを指摘しているようですが、その6つの中の以下の3つが心に残りました。
 「曹操は優れた軍略家であるが、それでも身を危ういところにおいて戦ってきた。自分のような小人物はなおさら、危ういところに身を置かないでどうするのか。」
 「曹操のような人物ですら、敗戦を繰り返しているのだから、自分のような小人物が戦いに負けたことをあれこれ言うのはどうか。」
 「数年後には、あちこちから集めてきた優秀な武将や兵たちが死んでしまうのに、優秀な者達がいる今のうちに戦わないのはどうしてか。」

 後出師表は、建興6年(228年)に、諸葛亮が劉禅に再び「出師表」を上奏したものとされており、先の「出師表」と区別して「後出師表」と呼ばれているが、この文章は『三国志』の本文では言及されず、裴松之(はい しょうし、372年~451年、中国の東晋末・宋初の政治家・歴史家)の注釈の中で、習鑿歯(しゅう さくし、生没年不詳、東晋の人。『襄陽耆旧記』(『襄陽記』)などの著者)の『漢晋春秋』から引用され、さらに陳寿(ちん じゅ、建興11年(233年)~元康7年(297年)、三国時代の蜀漢と西晋に仕えた官僚。俗説では、蜀漢の将であった陳式の末裔と言われているが根拠は無い。『三国志』の著者)の編纂した『諸葛亮集』にも見えず、呉の張儼(ちょうげん)『黙記』に見えると書かれているとのこと。
 こうしたことから後世の偽作とする見方が有力であるようですが、後世の人の心を揺さぶり、追加して書かせたくなるような鮮烈な生き方を、諸葛亮孔明がしていたという証拠ではないかと思いました。大情熱の人の生き方に敬意とあこがれを覚えます。

wrote by m-hamada メイン: 21:13

2011年03月08日火曜日

戸田城聖創価学会第2代会長の言葉

 「200年先を考えよ」
 1994年、池田名誉会長は、ゴルバチョフ元ソ連大統領との会談の際に、この「200年先を考えよ」という戸田第2代会長の言葉を引かれて、「偉大な人物は、同時代からは批判の嵐があるものです。しかし歴史は厳然と判定します」と語られたようです(3月8日付け聖教新聞『名字の言』より)。
 たいへんな激励の言葉であると思われ、ゴルバチョフ元大統領の心に大きく温かく響いたのではないかと想像し、うれしくなりました。
 お二人の熱い会談の様子を想像しつつ、「200年先を考えよ」という言葉によって、元気づけられるような生き方をしていきたいもの、と思いました。

wrote by m-hamada メイン: 18:43

2011年03月05日土曜日

川崎信用金庫・八木晉郎理事長の好きな言葉

 「独(ひと)りを慎(つつし)む」
 新聞の「ひと」の欄で、川崎信用金庫の理事長をされている八木晉郎(しんろう)さんのことが大きく紹介されており、その中で、好きな言葉として挙げられていました。
 出典は「大学」という中国の古典で、「人前だけでなく、ひとりでいるときも己れをつつしみ、道にそむかないようにする」という意味とのこと。「大学」は儒教の経典の一つで、四書五経の四書に分類されており、大学というのは小学に対しての呼び方で、小学の論理学(演繹)に対し、倫理学(規範)を指すようです。
 会合などでごあいさつに立たれると、いつも哲学者のような深い味わいのあるお話をされる八木理事長らしい言葉だなと思い、心に残りました。

wrote by m-hamada メイン: 04:51

2011年03月03日木曜日

聖路加国際病院理事長・日野原重明さんが引用した言葉

 『人は創(はじ)めることを忘れない限り、いつまでも老いない』。
 マルチン・ブーバーという哲学者の言葉で、日野原重明(ひのはら しげあき)さんが3月3日付けの朝日新聞・リレーオピニオン「卒業する」の中で、挑戦する限り老いないということをお話になる際に引用しています。
 辞書を引いたところ、マルチン・ブーバーは、1878年2月8日誕生、1965年6月13日に87歳で亡くなられたオーストリア出身のユダヤ系宗教哲学者、社会学者。日野原さんと同じとまでは行きませんが、当時としてはかなり長生きされています。
 日野原重明(1911年(明治44年)10月4日生まれ)さんは、「今年100歳を迎えます。これまでは人生の助走期間で、さあ、これからがジャンプだという感じですよ」と、バイタリティーの塊のようです。「やったことがないから、なんて言わずに、とにかくやってみようとポジティブに生きる」、「いくつになっても前向きな気持ちで、新しいことに取り組めば、できるんですよ」とも述べられていて、触発を受けました。
 多くの高齢者が日野原重明さんのような気持ちで元気に生きられるよう、快活な高齢社会にしていきたいと決意しました。

wrote by m-hamada メイン: 19:50

2011年02月20日日曜日

日本弁護士連合会会長・宇都宮健児さんの言葉

 「人間というのは、他人のためにがんばれる生き物だ」
 2月20日付け産経新聞の「転機。話そう、話しましょう」に登場された日弁連会長・宇都宮健児さんの言葉です。
 東大法学部在学中に司法試験に一発合格したものの、人付き合いが苦手なことから、中小企業の経営者と懇意になり顧問弁護料を確保するという“営業”ができず、普通なら3~5年のイソ弁(居候の雇われ弁護士)時代を経て独立するものが、12年ものイソ弁時代を送ったと語られています。
 転機は、弁護士会から紹介された多重債務者の案件とのこと。
 出資法の上限金利が年100%を超え、業者の登録制や取り立て規制もなかった昭和50年代初頭、債務整理の方法が確立しておらず、依頼者から費用を受け取れる保証もないため引き受ける弁護士は珍しく、自殺や夜逃げ寸前まで追いつめられた人からの依頼が増加。宇都宮さんは休む間もなく奮闘され、仕事はきつかったようですが、依頼者から「死なずにすんだ」「家族そろって静かな正月を迎えられた」と感謝の言葉が寄せられたことから、「自分が盾になることで命が救える」とわかり、活力が湧いたと。
 自分を売り込む“営業”にはがんばれなかったが、貧しい人や弱い人のためには力が湧いてがんばれた、と述懐されていますが、そのことも心に刻まれ、いい話だなあと思いました。
 ご健勝でのご活躍を心からお祈りしたいと思います。

wrote by m-hamada メイン: 23:50

貝塚茂樹訳注の『論語』(中央公論社)に登場する言葉

 第一 学而篇(がくじへん)の三
 「子曰く、巧言令色、鮮(すく)ないかな仁」

 著書の中の通解と解説は以下の通りです。
 (通解)先生が言われた。「弁舌さわやかに表情たっぷり。そんな人たちに、いかに本当の人間の乏しいことだろう」
  <巧言令色>巧言は巧みな弁舌、令色はゆたかな表情。しばしばお世辞とか媚(こび)とか訳されるが、これは誤訳である。お世辞や媚とわかっているものには大害はない。その見えないところが曲者(くせもの)なのである。
 (解説)これとそっくり同じことばが、陽貨篇第十七章(四百六十一)に載せられているし、弟子にとってはよほど印象深いことばであったらしいが、そのことばつきは孔子にしては激烈をきわめている。巧言令色で君主にとりいり、また甘い弁舌で世人を迷わせる佞人(ねいじん)が多かったので、孔子はずいぶん腹を立てていたとみえる。しかし、巧言令色のなかにも真実がまったく欠けているとはいわないで、「鮮(すく)ないかな」としたところに、孔子の心の広さがあらわれている。

 「巧言令色のなかにも真実がまったく欠けているとはいわないで、『鮮(すく)ないかな』としたところに、孔子の心の広さがあらわれている」との解説が、いかにも論語の訳者らしくていいなと思い、心に残りました。
 追い込みすぎないおおらかさというか、寸止めで自分を抑える自制心というか、懐の深さを感じました。こういう社会でありたいものと思います。

wrote by m-hamada メイン: 20:16

2011年02月19日土曜日

東北楽天イーグルス監督・星野仙一さんの言葉

 「結果は100%私の責任。この仕事は結果がすべて。批判から逃げてはいけない。ただ、よくよく振り返ってみると、そこまでの地位を与えられたから責められる。こんな幸せなことはない」
 2月19日付け朝日新聞の「フロントランナー」に掲載されたインタビューの中での星野仙一監督の言葉です。
 「北京オリンピック(2008年)はメダルなし。このままでは終われないという気持ちも監督就任の背景にあったと思います」と、インタビュアーに聞かれたことに対する答えです。
 星野監督は、続けて「『一生、批判される、ねたまれる、ひがまれるポジションにいよう』と思ったね」と述べています。世間の嵐のような批判を乗り越えて、ある頂点のような境地に立ち至った仙人の言葉みたいに聞こえ、いい言葉だなあと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 23:13

2011年02月17日木曜日

憲法に登場する五七五の調べ

 「学問の自由はこれを保障する」
 日本国憲法23条の条文で、現憲法に登場する唯一の俳句調、五七五の調べとのことです。竹内政明著『名文どろぼう』(文春文庫)で紹介されていました。
 憲法には、この23条が唯一の五七五だそうですが、民法には、
 「相続は死亡によって開始する」(民法882条)
 というものがあり、また、軽犯罪法には、
 「こじきをし又はこじきをさせた者」(軽犯罪法1条22号)
 という五七五の調べがあると紹介されています。
 竹内政明さんは、読売新聞の看板コラムニストで、『編集手帳』の6代目執筆者(2001年~)のようですが、実に多くの文献を読まれているものだなあと感心しました。

wrote by m-hamada メイン: 00:07

2011年02月16日水曜日

島田修三歌集に登場する短歌

 「母親にあらがふ詭弁のスルドキをわが聴いてゐる参考までに」
 竹内政明著『名文どろぼう』(文春文庫)で紹介されていた島田修三さんの短歌です。
 辞書を引いてみると、島田修三さんは、1950年8月18日、神奈川県生まれの歌人、日本古典研究者。専攻は万葉集で、現在、愛知淑徳大学副学長・文化創造学部教授。短歌は窪田章一郎氏に師事とありました。
 『名文どろぼう』の中で、竹内政明さんは、短歌に歌われた情景を「妻と息子の口論に耳をすましている。ほほう、倅(せがれ)もなかなかやるわい。その攻め方、いいねェ。今度、使ってみようかしら……。すでにして劣勢の影をまといつつも、妻に論戦を挑む気力を失っていないところは、残暑の熱が残る九月初めの頃合だろう」と表現してみせています。実にうまく表現されており、思わず笑ってしまいました。
 温かな家族の風景が感じられ、包容力のある良いお父さんだと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 23:41

2011年01月05日水曜日

グーグル日本法人前社長・辻野晃一郎さんの言葉

 「自分で考えて、自分のリスクで行動する。それが今の日本人に求められていると思う」。
 グーグル日本法人前社長の辻野晃一郎さんが書かれた本『グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた』に登場する言葉です。1月5日付の産経新聞で紹介されていました。
 昨年、日本を取り巻く国際環境の中で起こったいくつかの出来事を思い浮かべ、そういうことなんだ!、と深く頷きました。
 しっかり自己研さんしていきたいと思います。

wrote by m-hamada メイン: 15:19

2010年12月26日日曜日

スポーツ解説者・増田明美さんの言葉

 「新聞の川柳欄で出会った『生きている証拠に今日も恥をかき』に励まされ、今も失敗する度にこの言葉を思い出します。」
 12月26日付の読売新聞の「人生案内」に載っていました。増田明美さんが相談者へ回答する中で引用されました言葉です。
 相談者が、社会で上手くやっていけるのか不安で引きこもりから抜け出せないことを相談したことに対して、実に、適切かつ温かく答えられていて感動的でした。
 特に、自身の失敗談を紹介した後の冒頭の言葉には、大きな説得力を感じ、心に残りました。スポーツを通した厳しい鍛錬の中で、人間も陶冶されたのであろうかと推測しました。ますます幅広い活動をしていただきたいと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 16:08

2010年12月11日土曜日

花まる学習会代表・高濱正伸さんの言葉

 「ある父親学級で「多分に、母寄りの意見だと思った」とか「先生、母も孤独なら父親も孤独ですよ」という感想をもらい、何が足りないかを考え抜く機会になり、現在の「男VS女の壁=別の生き物論」に行きつきました。犬が毎朝散歩したいからといって「私は全然したくないんだけど」とイライラする人はいない。「犬は散歩したい生き物よね」と納得できる。同じように「男は『要するに』っていう話をしたい生き物よね」「女は今日感じたこと見つけたことを、とりとめもなく話し続けたい生き物だよな」という見方ができれば、異性を大らかに受け止められるというこの理論は、目下とてもうなずく人の多い話です。」
 花まる学習会のホームページにある「高濱コラム」の2010年11月号の中に書かれていたものです。
 渡辺淳一さんも同じようなことを言われていたと思いますが、自分のことを言い当てられているようで、実に的確で鋭いお話しだと感じました。
 結婚20年目の今年ではなく、もっと早い時期にめぐり逢いたかった言葉だなあと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 21:02

通称『もしドラ』の著者・岩崎夏海さんの言葉

 「本当に合理的な人とは失敗する人です。長期的な視野で考えれば、多くの失敗が自らを成長させてくれることに気づき、何ごとにも挑戦するようになる。合理的でない人ほど、短期的視野でしか物事を考えず、失敗を恐れて挑戦を避けます。そして自分の成長を止めてしまうのです。若い時はたくさん挑戦して失敗し、傷ついたほうがいい」
 販売数が181万部を超え、2010年の年間ベストセラーに輝いた『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』の著者である岩崎夏海(なつみ)さんの言葉です。12月11日付け聖教新聞の紙上インタビューに載っていました。
 失敗しても挫(くじ)けないことが大切で、それが負けないこととおっしゃっているように感じ、面白いと思いました。
 『もしドラ』の中には、「百発百中は曲芸」「失敗しない者を信用してはならない」「それは、見せかけか、無難なこと、下らないことにしか手をつけない者である」ともあり、これまで常識のように考えていたことが覆(くつがえ)されるような驚きを覚えました。
 インタビューでは、「成長する人は“このままで良いのか”と常に自分に問い掛ける人。すぐに答えばかりを求め、考えることを放棄するのは自身の怠惰さを証明しているようなものです」とも述べられております。
 考え続けるということを大事にしていきたいと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 20:42

2010年12月10日金曜日

東京外国語大学学長・亀山郁夫さんの言葉

 「教養とは自らを更新し、世界を広げるためのツールなのです」
 東京外国語大学学長でロシア文学者としてドストエフスキーを長く研究されている亀山郁夫さんの言葉です。12月16日付の朝日新聞に掲載されていました。
 亀山さんは、「経験とは、ただ積み重ねればいいものではありません。経験を重ねることで感性が鈍磨し、世界と新鮮に向かい合えなくなる。いかなる文学や音楽にも感動できなくなる。経験には、常にそうした危険がつきまとっています。」と述べられ、「そこで大切になるのが、自らをリセットする力、いわば『忘却力』」だとされています。
 そして、それは、「なにかを捨てるのではなく、逆に『未知なる教養』を手に入れる」ことだと展開され、冒頭の言葉で結ばれています。
 未知なる教養がリセットにつながる、そして忘却力である、というのは簡単には理解しにくい気がしましたが、時間をかけて深く味わい理解していきたいと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 15:32

2010年11月13日土曜日

読売新聞の『五郎ワールド』を読んで

 「その難解な言辞を通して何かしらひしと聴者に迫るものがあった。或る哲学的気魄(きはく)があった。先生の哲学には純乎(じゅんこ 全くまじりけのないさま)たる精神の厳乎(げんこ おごそかなさま)たる権威があった。この権威と気魄とが先生の学的態度の根本的特長であった」
 岩本禎(いわもと てい 明治2年5月3日(1869年6月12日)~昭和16年(1941年)7月14日、鹿児島県出身の哲学者、夏目漱石の『三四郎』に登場する広田先生のモデルとの説がある)の弟子だった宗教学者の三谷隆正(みたに たかまさ 1889年2月6日~1944年2月17日、日本の法学者)が、岩本禎の『哲学概論』(1944年、近藤書店)の序文に書いた言葉として、読売新聞11月13日付の『五郎ワールド』に登場していました。橋本五郎さんは、「師弟愛に満ちている」と評しています。師と仰ぐ方の講義をすべて吸収しようとする弟子の姿、師の哲学に迫ろうと真剣になっている弟子の姿が想像され、心に残りました。
 『五郎ワールド』には、さらに、その三谷隆正について『ビルマの竪琴』の著者、竹山道雄元東大教授が書いた「三谷先生の追憶」という文章の、以下のような一文も紹介されています。
 「先生を直接知った人にとってはそれは一つの体験であり、生涯の事件であり、幸福だった。先生は存在していられることそのものが、生きていることに意味があり、光明があり、頼りどころがあることを人に感ぜしめる人だった」
 「先生はいいがたき醇乎(じゅんこ 純乎と同じ意)たる人間味をもち、男性的な勇気をもち、つねに完成して平衡を保ち、沈静であたたかかった。欠点がなく、翳(かげり)がなく、浪漫的ないしは近代的な激情や官能味がなく、芝居がなく、飾り気がなく、無理がなく、エピソードがなく、逸話がなかった」
 橋本五郎さんは、「『美しい魂』に少しでも近づく道」、「『暗闇』を己の中に持つこと」と表現していますが、弟子の道を生きた人のひとつの姿を見たようで、深く考えさせられました。

wrote by m-hamada メイン: 11:45

2010年11月11日木曜日

早稲田大学の斎藤佑樹投手の言葉

 「激動の4年間だった。その分成長できた。山より谷のほうが多かった。(昨年11月の)プロアマ交流戦で点を取られた時は、プロに入れるか不安になった」
 11月11日付け読売新聞に掲載された、早大の斎藤佑樹投手へのインタビューで、「大学野球を回顧して」と聞かれた時の答えです。
 新聞やテレビで報道される、華やかな活躍のシーンばかり見ているからか、「山より谷のほうが多かった」との言葉を読んで、新鮮な驚きを覚えました。
 けがなどをせず、プロ野球で大いに活躍していただきたい。来年は、プロ野球の盛り上がる良い年になるのでは、と心から期待します。

wrote by m-hamada メイン: 13:06

2010年10月29日金曜日

アメリカの実業家カーネギーの言葉

 「明るい性格は、財産よりももっと尊いものである」。
 アメリカの実業家アンドリュー・カーネギー(Andrew Carnegie, 1835年11月25日~1919年8月11日)の言葉として、聖教新聞10月29日付けの『新・人間革命』に掲載されていました。お母さんの明るく前向きな発言が紹介された中で引用されており、いい言葉だなと思いました。
 調べたところでは、カーネギー氏はスコットランドで生まれ、幼いころにアメリカに移住。カーネギー鉄鋼会社を創業し、成功を収め「鋼鉄王」と称されたようです(後に会社は売却され、合併してUSスチール社となりました)。カーネギー氏は事業で成功を収めたのち、教育や文化の分野へ多くの寄付を行ったことから、慈善家としてもよく知られています。また、ナポレオン・ヒル・プログラムの創始者、ナポレオン・ヒル博士に自身の成功哲学にもとづく成功プログラム開発を発注したことでも有名なようです。
 大きな財産を築いた人が「財産よりももっと尊い」と言っており、実感をもって語っているのだろうなと思い、説得力を感じました。

wrote by m-hamada メイン: 14:42

ソニー銀行社長、石井茂さんの言葉

 「経営破綻した原因の一つは経営陣が自らの判断基準を持たず、他者に依存していた点にあります。『大手4社の一角にいる』とあぐらをかき、何かあれば監督官庁に助けてもらえると甘えていました。破綻直前まで経営陣の意識は変わらなかったように思います。私自身にも同じ傾向がありました。入社以来、会社から言われるままに日々の業務に取り組んできました。経営難に陥った会社の方向性に疑問を感じても、自説を強く主張せず、上司の判断だからとあきらめていました」
 10月25日付の日経新聞夕刊「人間発見」に掲載されていました。ソニー銀行社長、石井茂さんの言葉で、山一証券のことを振り返って語っているものです。
 他者に依存せず自らの判断基準を持つことの大切さが伝わってきて、胸に響きました。
 翌日の連載には、紙袋を製造する町工場を営んでいた父親の思い出を語りながら、「町工場でまじめにこつこつ働いている人が報われる世の中であってほしい」との言葉もあり、人間味のある素晴らしい方だなと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 12:40

2010年10月27日水曜日

ナイチンゲールの言葉

「忍耐強く、朗らかに、そして親切に」。
 フローレンス・ナイチンゲール(Florence Nightingale, ナイタンゲイルとも、1820年5月12日~1910年8月13日)の言葉として、聖教新聞10月27日付けの『新・人間革命』に掲載。お母さんの黙々と働く姿を表現する中で引用されている言葉で、母親の姿、生き方を象徴する言葉のように感じ、心に残りました。
 調べたところでは、ナイチンゲールはイギリスの看護師、社会起業家、統計学者、看護教育学者であり、近代看護教育の生みの親。病院建築でも非凡な才能を発揮。ギリシア哲学についても造詣が深く、オックスフォード大学のプラトン学者、ベンジャミン・ジョウェット(w:Benjamin Jowett)とも親しく交流した、とありました。彼女自身が負傷兵たちに奉仕したのはクリミア戦争の2年だけですが、むしろその象徴的献身や統計に基づく医療衛生改革で名声を得たようです。ナイチンゲール自身はクリミア戦争で熱病にかかり、37歳(1857年)の頃から虚脱状態に悩まされ、残り55年間は病床の日々を送ったようです。
 負傷兵たちに奉仕したクリミア戦争の2年間は、多くの人々に感動を与える光り輝くような日々だったのだろうと思います。

wrote by m-hamada メイン: 15:03

2010年10月26日火曜日

心理学者・植木理恵さんの言葉

 「恋愛は『異質性』の発見で、結婚は『同質性』の発見です。恋愛中は自分にない相手の考え方などにひかれるが、結婚すると共感したいと願うようになるから相手とのちょっとした意見の違いに腹が立つ。女性の『あなたと私は合わないわ』は、男性に『そんなことはない』と言ってほしいと期待しているんです」。

 心理学者で慶応大学講師をされている植木理恵さんの言葉です。10月26日付の毎日新聞・夕刊「特集ワイド 夫婦の禁句」の中で紹介されていました。心理学者の分析は鋭いなと納得しました。

 仲直りのポイントとして、「女性が求めているのは、同じ感情になりたいということ。『そんなに悲しかったんだね』と気持ちは同じ方向を向いていることを言葉にすることです。女性から男性に言葉をかけてもいい」とも述べられていました。

 大学の先生の言葉ですが、大学では教えてもらえないような講義内容だと感じました。
 

wrote by m-hamada メイン: 20:27

ノンフィクション作家・保阪正康さんの言葉

 「私はこれまで昭和史を調べる中で、のべ4千人の方に話をうかがってきました。そこで気づいたことがあるんです。1割の人は本当のことをいう、1割の人は最初からうそをいう、8割の人は記憶を美化し、操作する。この8割というのは実は我々なんです。悪人じゃないけどうそをついている。本を徹底的に読んでいないと、そうした証言の真偽は判断できないと思う。」
 10月26日付の朝日新聞夕刊の「追憶の風景」に掲載されていました保阪正康さんの言葉です。体験に基づく深い人間観察の言葉だと思われ、感動を覚えました。
 「30代の初め、改めて大学院で勉強したいと思ったのですが、結婚して3人の子がいる状態では無理だったので、3年ほど国会図書館に通って昭和史の本を読みつくしました」ということも紹介されており、大変な努力の姿が想像され、心を動かされました。
 記憶を美化し操作するという8割の心理がわかるほどの読書の姿勢について、しっかり学び、見習っていきたいものと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 20:24

2010年10月23日土曜日

正岡子規の俳句

 「秋の蚊のよろよろと来て人を刺す」
 正岡子規の句で、亡くなる前年の句として10月23日付の日経新聞夕刊に紹介されていました。今にも息絶えそうでありながら、とりすがって血を吸う秋の蚊を見つめ、その命の営みを肯定的にとらえた句のようです。
 今年の夏は暑すぎて、蚊も活動できなかったようで、今ごろ飛んでいる蚊を見つけることがあります。そんな今年の秋にピッタリの句だと感じ、面白いと思いました。

 ※正岡子規(まさおか しき):慶応3年9月17日(1867年10月14日)~明治35年(1902年)9月19日。俳人・歌人・国語学研究家。名は常規(つねのり)。幼名は処之助(ところのすけ)で、のちに升(のぼる)と改めた。

wrote by m-hamada メイン: 19:24

2010年10月22日金曜日

中曽根康弘元首相の言葉

 政権交代から1年たった民主党政権に対してのインタビューで、中曽根内閣が5年の長期政権だったことを聞かれた際の中曽根康弘元首相のコメントです。
 「『十年一剣を磨く』という言葉があるが、いずれ首相になろうと一剣を磨いてきた。歴代政権に対する不満や批判をずっとためて、自分のときに歴代政権の欠陥を一挙に直していこうと考えた。その一端が行財政改革だった。政治家としての蓄積、修練、個性、そういうものを余すことなく、一挙に噴出できるかどうかということにある」と。
 熱い思いと、粘り強さ、胆力が感じられ、いい言葉だなと思いました。
 どの政党がというのではなく、日本の内閣、日本の政権として、現政権にしっかりしてもらいたいものと思います。

wrote by m-hamada メイン: 11:54

2010年10月11日月曜日

夏目漱石著『虞美人草(ぐびじんそう)』の言葉

 「ある人は十銭をもって一円の十分一(じゅうぶいち)と解釈し、ある人は十銭を以て一銭の十倍と解釈すと。同じ言葉が人によって高くも低くもなる」。
 思いを伝えることの難しさを述べた言葉のようです。
 ものの譬え方、表現の技術の高さに感心しました。

wrote by m-hamada メイン: 15:21

2010年10月07日木曜日

ノーベル化学賞を受賞した鈴木章・北海道大学名誉教授の言葉

 「日本は資源も何もないところで、人間の頭脳しかない。もう少し若い人が理科系に興味を持ってもらうことが大事なんじゃないか。これからはそういう若い人たちのために少しでも役に立つような仕事をしたい」。
 鈴木章さんが北海道大学で行なったノーベル化学賞受賞の記者会見で、最近の若者の理科系離れを憂いて述べた言葉です。
 人間こそが最大の資源なのだなと思うとともに、川崎からもノーベル化学賞のような素晴らしい賞を受けられる方が出るよう教育環境を整えたいと思いました。科学する心を大切にする気風が、小中学校の中で育まれるように力を尽くしたいと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 14:51

2010年10月04日月曜日

アメリカの作家、マーク・トウェインの言葉

 「自分を励ますための一番の方法とは何か。それは、だれかを励まそうと努力することである」。
 『トム・ソーヤの冒険』などで知られるマーク・トウェインの言葉で、『Mark Twain`s Notebook』に登場しているようです。
 今年は没後100年に当たるようですが、100年後の今も深い納得をもたらす言葉に、感動を覚えました。

wrote by m-hamada メイン: 15:54

2010年09月28日火曜日

エーリッヒ・フロムの言葉

 「経済的、文化的、情緒的側面で、完全に独立して生きることのできない人は、自尊心が傷つけられると、その回復の手段として復讐が生涯の主目的となる。生産的に生きている人は、たとえ傷つけられ、侮辱され、損害を与えられても、生産的に暮している過程そのものが過去の傷を忘れさせる」
 ドイツの社会心理学者であるエーリヒ・ゼーリヒマン・フロム(Erich Seligmann Fromm、1900年3月23日~1980年3月18日)が『悪について』の中で人間の復讐感情について述べた文章です。
 月刊誌『WiLL』10月号の対談の中で出てきたものですが、精神分析の大家の言葉だけに深く考えさせられました。

wrote by m-hamada メイン: 18:15

2010年09月12日日曜日

硫黄島総指揮官・栗林忠道大将の辞世の歌

 「國のため 重き努(つとめ)を 果し得で 矢弾尽き果て 散るぞ悲しき」
 1945年の硫黄島の戦いで日本側指揮官として知られる栗林忠道大将(くりばやし ただみち、1891年7月7日~1945年3月26日)の辞世の歌として、本やインターネットで紹介されていました。
 大本営は、この辞世の歌の「悲しき」を「口惜し(くちおし)」に変え、
 「國のため 重き努(つとめ)を 果し得て 矢弾尽き果て 散るぞ口惜し」
として発表したともあり、考えさせられました。
 アメリカとカナダに駐在武官として駐在経験があり、ハーバード大学に学ぶなど、陸軍の中では珍しい米国通だったようです。そのためか、兵力の急激な減少に繋がる大規模逆襲、撤退、自決および万歳突撃はいずれも厳禁としたとあり、冷静な知性とモラルの高さのようなものを感じ、心を動かされました。

wrote by m-hamada メイン: 19:52

2010年09月11日土曜日

故・大平正芳元首相の言葉

 「権力はそれが奉仕する目的に必要な限り、その存在が許されるものであり、その目的に必要な限度において許されるものである」
 「権力主体のあつまる信望の大きさが、その権力に本当の信頼と威厳をもたらすのである」
 両方とも大平正芳元首相の『新権力論』という論文に出てくる言葉です。
 調べたところ、昭和46年3月9日付け日経新聞に掲載されたものとわかりましたが、大平元首相が無役時代に前尾批判をこめて書かれたものとあり、権力とはどうあるべきかについて、どのような心の状態で思索され文章を構築されたのかと興味深く考えました。
 

wrote by m-hamada メイン: 20:08

2010年09月05日日曜日

小泉今日子さんの書評の言葉

 「咲き乱れる梅の花を生まれて初めて前にして『この世に、こんなきれいなものがあるんですね……』と涙を流すほど感動しているまだ幼い丁稚(でっち)の新太に、『小僧さん、きれいなものは、この世にこそいっぱいあるんですよ。とりわけ、あんたみたいな子供にとってはね』と、さして物語に関係のない梅勝さんが言った言葉がなぜかとっても心に残った。本を読み終わった後、私は子供の頃に見たきれいなものを思い浮かべてみた。満月の光、夕焼けの空、菜の花畑、冬の田んぼにいた白鷺(しらさぎ)、他にもたくさんの美しい景色が頭の中に溢れた。この世にあるのはきれいなものだけじゃない。大人になった私はそれを知っているから、記憶の中の美しく懐かしい景色にほっと心が安らいだ。」
 9月5日付の読売新聞・書評欄に載っていた、小泉今日子さんの宮部みゆき著『あんじゅう 三島屋変調百物語事続(ことのつづき)』についての言葉です。
 こういう所が心に留まるということに感動し、子供の心や教育ということに関心があるのだろうかと想像し、好ましいことと思いました。
 川崎の子供たちもきれいなものをたくさん見て、記憶の中に印象深く残ってほしいものと、そういう教育環境を整えたいと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 17:12

2010年08月20日金曜日

『浮浪雲(はぐれぐも)』に出てくる言葉

 「富士山に登ろうと心に決めた人だけが、富士山に登ったんです。散歩のついでに登った人はひとりもいませんよ」。
 ジョージ・秋山さんの時代劇マンガ『浮浪雲(はぐれぐも)』に出てくる言葉で、最近、全国紙の夕刊に大きく取り上げられていました。
 実は、この言葉は私にとって懐かしい言葉で、約30年前、当時大学1年生だった19歳の夏に、ある先輩が「いい言葉でしょ。心に決めるというのは大事なことですよ」と話してくれたことがあったのです。一瞬にしてその時の感動が蘇り、うれしくなりました。

wrote by m-hamada メイン: 00:12

2010年08月06日金曜日

内科医で『神様のカルテ』の著者、夏川草介(なつかわ・そうすけ)さんの言葉

 「医療の現場で一番感じているのは、あまりにも忙しい生活を繰り返していると、何も考えなくなるということ。心電図が止まったのを確認して『亡くなりました』と言っているそばから、別の患者さんが急変するということをやっていると、思考が止まっていく。後で時間ができたときに、おかしいと気付くけれども、現場に戻ると考える暇はありません。『あの時、もう少し何かできたのではないか』という後悔ばかりが積み重なっていく。それが非常にストレスで、本に書いたのはここまでできればと思ったことの一例です。」
 長野県中信地方にある総合病院の内科医である夏川草介さん(31歳)は、地域医療の第一線で葛藤を繰り返しながら、初めての小説を書いたという。(8月6日付け東京新聞夕刊)
 相当に忙しい毎日を送られているのでしょうが、「あまりにも忙しい生活を繰り返していると何も考えなくなる」「思考が止まっていく」と述べられていることに、わずかな共感も覚え、印象に残りました。
 市民に豊かな医療が提供されるように何らかの対策をと強く思いました。

wrote by m-hamada メイン: 18:01

聖徳太子の「十七条の憲法」の第一条

 「一に曰(い)わく、和を以(も)って貴(とうと)しとなし、忤(さから)うこと無きを宗(むね)とせよ。人みな党あり、また達(さと)れるもの少なし。ここをもって、あるいは君父(くんぷ)に順(したが)わず、また隣里(りんり)に違(たが)う。しかれども、上(かみ)和(やわら)ぎ下(しも)睦(むつ)びて、事を論(あげつら)うに諧(かな)うときは、すなわち事理おのずから通ず。何事か成らざらん。」
 <(現代語訳)一にいう。和をなによりも大切なものとし、いさかいをおこさぬことを根本としなさい。人はグループをつくりたがり、悟りきった人格者は少ない。それだから、君主や父親のいうことにしたがわなかったり、近隣の人たちともうまくいかない。しかし上の者も下の者も協調・親睦(しんぼく)の気持ちをもって論議するなら、おのずからものごとの道理にかない、どんなことも成就(じょうじゅ)するものだ。>
 盆踊り大会で顔を合わせた方と最近の社会情勢についてお話をしている中で、「聖徳太子の『十七条の憲法』の第一条は『和を以(も)って貴(とうと)しとなし』で始まるけど、そのあとに続く言葉はわかりますか?」と聞かれ、ウーンと考え込んでしまいました。「『忤(さから)うこと無きを宗(むね)とせよ(いさかいをおこさぬことを根本としなさい)』ですよ。諍(いさか)いのない社会にしないとね」と言われ、その記憶力、知識に驚きつつ、深く納得された言葉なのだろうなと感じました。
 言うべきことはキチンと言うという毅然とした空気を保ちながらも、社会の一体性、温かい調和のある世の中であってほしいものと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 16:59

2010年08月01日日曜日

月刊誌『世界』8月号掲載論文の言葉

 「『悪魔の力』との関係について言えば、一見いくら早道のように見えても、大きな悪魔が出る道は選ばないということであろう。それでも政治に関わる限り、行く先々で様々なかたちで悪魔の力にまみえることになるであろう。そうした場合は、その都度マメにこれを制し、封じ、できうる限りは退治していくことが望ましい。」
 「どんな小さな悪魔でも、これを御し切れるという甘い見通しを抱いてはならない。ましてや大きな悪魔の力を呼び起こして何かを達成してやろうといった恐ろしいことは決して考えないように。行為者はどんな目的のためであれ暴力という手段に触れた途端『この手段特有の結果』(マックス・ウェーバー『職業としての政治』の言葉)にさらされる。」(ともに『世界』8月号の豊永郁子(とよながいくこ)さんの論文より)
 著者は、マックス・ウェーバーの「悪魔の力は情け容赦ないものである。もし行為者にこれが見抜けないなら、その行為だけでなく、内面的には行為者自身の上にも、当人を無惨に滅ぼしてしまうような結果を招いてしまう」という言葉も引きながら、「ゆめゆめ悪魔に魂をとられることのないように」と述べています。
 論文の中で政治家のことが書かれた部分については、評価が正しくないのではないかと感じるところも多くありましたが、一般的な話として、何か大きな力を利用して何かを達成しようと考えるべきではないという指摘については、興味深く思われ、思索を深めるべきこと感じました。

wrote by m-hamada メイン: 18:20

2010年07月29日木曜日

作家 村上政彦さんの『古典に学ぶ』より

 7月29日付けの聖教新聞『古典に学ぶ』に「韓信の股くぐり」のことが書かれていました。その中の韓信の成功の要因について触れた著者の言葉が心に残りました。
 「韓信の成功の要因は何か? それは彼が荒くれた若者の股の下をくぐったところに明らかです。本人の弁では『忍耐した』。ただ、それが可能だったのは、彼が、自分を重んじていたからです。経済的に貧しい、社会的な地位もない――しかし自分で自分を軽んじることはしない。(中略)成功するために必要なのは、どうせ自分なんか、という弱気を追放すること。そして、自分自身を重んじることです。」
 と分析された箇所です。
 「あいかわらず大学生、高校生ともに就職率は低く、いまの日本は、若者が生きにくい状況にあるようです。」との書き出しで始まり、「若者が成功するためには何が必要か?――中国・漢王朝の礎を築いた英傑・韓信の半生に、その答えを探ります。」として書かれた文章ですが、自暴自棄に陥らずにがんばってほしいとの若者に対する温かい励ましの気持ちが感じられ、印象に残りました。

wrote by m-hamada メイン: 16:33

2010年06月28日月曜日

周恩来の言葉

 『時間をかちとることは、勝利を意味する』
 聖教新聞の『新・人間革命』に紹介されていました周恩来の言葉です。
 この言葉の前には、「すべての戦いは、時間との戦いといってよい。行動をためらい、時を浪費した者が、敗者となる」との言葉もありました。
 一分一秒を惜しむように大切にしている姿が目に浮かぶようで、心に残りました。

wrote by m-hamada メイン: 10:26

2010年06月18日金曜日

“公園の歌姫”あさみちゆきさんが心に刻む言葉

 「テクニックじゃないんだよ、歌は。心なんだよな。うまいと言われてはだめだぞ。いいなあ、と言われる歌手になれよ!」
 「公園の歌姫」と呼ばれるデビュー8年目の歌手あさみちゆきさんが、作曲家の杉本眞人(まさと)さんから口癖のように言われた言葉とのことです。(6月18日付け東京新聞夕刊)
 全国の舞台で歌うようになった今も、自身の原点とも言える東京・井の頭公園でのライブを月に一度は開いているという。
 うまいと言われず、いいなあと言われるように、と心掛けているいう所に、ファンの皆さんを大切にしている姿勢が感じられ、心に残りました。

wrote by m-hamada メイン: 22:22

プロゴルファー諸見里しのぶさんが感動した言葉

 「ネガティブな人には、絶対に幸せは訪れない」
 諸見里しのぶさんが平成21年の春先に、遠征先の本屋で出合った言葉とのこと。(6月18日付け読売新聞夕刊)
 「それまでは、ミスするとすぐ落ち込んだり、イライラしたりして、ゴルフが楽しくなかった。でもその文を読んで、まずは前向きに、笑うことを多くしようと思った」と、この言葉のお陰で気の持ち方を変えることができ、前向きな姿勢が自信を生むようになったという。
 輝かしい成績を上げているプロ選手の言葉であるだけに、新鮮な驚きとともに心に残りました。

wrote by m-hamada メイン: 21:58

2010年06月14日月曜日

小説『新・人間革命』に書かれた戸田先生の言葉

 「先生。私は、文章の才はないかもしれません。また、難しいことは言えません。しかし、戸田が読んでわからないような難解なものが出版されても、誰が読むでしょうか。/先生は、誰のために、出版しようとされるんですか。世界的な、大学者に読ませるためですか。戸田が読んでわかるものでよろしければ、私がまとめさせていただきます」
 6月14日付の聖教新聞の『新・人間革命 敢闘九』に書かれた戸田先生の言葉です。
 牧口常三郎の教育学説の発刊をめざし、いかに原稿を整理しまとめるかという難題に立ち向かい、その労作業を買って出られた戸田先生のお心が想像され、心に残りました。
 「原稿といっても、校長職の激務のなかで、封筒や広告の裏、不用になった紙などに、思いつくままに、書き留めてきたものが、ほとんどである。二度、三度と、同じ内容も出てくる。それを順序立てて構成し、文章を整理しなければ、とうてい本にはならない。」とも書かれてあり、気の遠くなるようなたいへんな作業であったのではないかと感じ、尊いお仕事に心から敬意を表し感謝申し上げたいと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 17:53

2010年06月08日火曜日

経済評論家・田中直毅さんの言葉

 「鳩山由紀夫政権はわずか8カ月余りで終わった。その原因は、野党時代の民主党が『鍛えられていなかった』ことにつきる。日本では欧米と異なり、野党の政策提言能力を鍛えることを通じて政府に緊張感を抱かせ、民主主義の政治空間を活性化させるという手法が根付いていなかった。そして鍛えられていない野党が政権を奪取した結果、一国の政権という『重さ』に耐えきれなかったのである」
 6月8日付の日経新聞「経済教室」に掲載された論文の一節です。
 日本の民主主義全体を見据えたお考えであり、説得力があると感じました。
 鍛えられた政党らしさを感じていただけるように、常日頃から熱心な研究と政策提言の姿勢を心がけて行きたいものと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 13:00

後藤新平の言葉

 「さかりをば見る人多し
  散る花の後を訪ふこそ情けなりけれ」
 明治から昭和初期にかけての政治家である後藤新平さん(1857年~1929年)の言葉です。逓信相、内相、外相などの閣僚をはじめ、台湾民政長官や満鉄総裁、東京市長などを歴任され、日ソ国交樹立後の1928年には、訪ソしてスターリンとも会談しているようです。6月7日付の毎日新聞夕刊に紹介されていました。
 73歳で倒れる3日前に残した言葉として、「金を残して死ぬ者は下。仕事を残して死ぬ者は中。人を残して死ぬ者は上」というものも紹介されていて、興味深く読みました。
 

wrote by m-hamada メイン: 09:37

2010年05月24日月曜日

フランスの作家サン・テグジュペリの言葉

 「愛とは、お互いに見つめ合うことではなく、一緒に同じ方向を見つめることである」
 『星の王子さま』(1943年)や『夜間飛行』(1931年)などの著者として知られるフランスの作家アントワーヌ=ジャン=バティスト=マリー=ロジェール・ド・サン=テグジュペリ(1900年6月29日~1944年7月31日)が、『人間の土地』(1939年)の中で述べている言葉です。
 英文の原文には、Love does not consist in gazing at each other, but in looking together in the same direction. または Love does not consist in gazing at each other but in looking outward together in the same direction. など若干言い回しの異なる表現がいくつかあるようです。
 生き方の真理といえるようなものを上手にわかりやすく示されていると感じ、心に響きました。

wrote by m-hamada メイン: 23:14

2010年05月21日金曜日

資生堂副社長・岩田喜美枝さんの言葉

 「ワーク・ライフ・バランスは働く女性のためだけのものではありません。市場成熟社会で企業が生き残るには新たな価値創造が大切です。でも創造は均一な価値観を持つ集団からは生まれにくく、革新的なアイデアは意外と仕事以外の場からわいてきます。多様な生活を送る社員がいて、初めて新たな価値を生み出せます。多様な社員を組織に抱える仕組み、それが本質です」
 日経新聞5月21日夕刊の『人間発見』に掲載されていました。
 岩田喜美枝さんは、労働省、厚生労働省に勤めていたときからワーク・ライフ・バランスの実現に力を入れていたようで、その岩田さんらしい信念の感じられる言葉だと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 19:48

2010年05月07日金曜日

落語家・桂三枝さんの座右の銘

 「宇宙に比べて、人間の命は短い」
 小学校を卒業するときに、担任の渡辺先生から贈られた言葉とのこと。(4月27日付け日経新聞夕刊)
 人生は短い。だから思い切って挑戦しよう、と自身に言い聞かせているようです。
 「一世を風靡(ふうび)した寄席の人気者が老いて楽屋の隅で寝転がっている姿やテレビで売れに売れたスターの哀れな末路を見てきました。破滅型を礼賛する芸能界の美学は性に合いません。かと言って『細く長く』も嫌です。やっぱり『太く長く』がいい。小心なくせに一か八かの瀬戸際では大胆になれますね」とも述べており、力強い挑戦の姿勢、チャレンジ精神が感じられました。

wrote by m-hamada メイン: 22:49

2010年04月30日金曜日

神野(じんの)直彦著『人間回復の経済学』に登場する言葉

 「神の見えざる手に経済システムをゆだねずに、人間が人為的に介入すれば、神の逆鱗にふれ、自然秩序は混乱する、と経済学者は主張する。そうすれば、自分は神のお告げを伝導する巫女のごとくにふるまえるからである。(中略)しかし、人間は経済人ではない。人間は知恵のある人であることを忘れてはならない。人間の未来を神の見えざる手にゆだねるのではなく、知恵のある人としての人間が、人間のめざす未来を創造しなければならない」(P.186~187) 
 現代社会の一面を強く憂える気持ちと、人間の知恵と努力で未来を創造しようという情熱が感じられ、素晴らしい経済学者だと思いました。
 他にも深い思索を重ねられたと思われる言葉があり、感動しました。

 「人間が人間社会をつくりだそうとする不断の努力、それが人間の歴史にほかならない。」(P.iv「はじめに」より)
 「人間は人間の未来である。」(P.iv「はじめに」より、「フランスの哲学者ジャン=ポール・サルトルがいつも口ずさんでいた詩人フランシス・ポンジュは、つぎのように歌っている」として紹介された言葉)
 「人間は、人間の社会そして人間の経済の創造主であることを前提にして、人間は自己の本来の創造主になることができる。経済人は人間の行動基準にはなりえない。人間の行動の基準は、あくまでも人間の夢と希望なのである」(P.17)
 「これまでの工業社会では、生産機能を集結させれば、人間が集住してきた。つまり、生産機能が生活機能の磁場となっていた。しかし、知識社会では生活機能が生産機能の磁場となる。つまり、都市再生の条件は、都市を人間生活空間として再生することなのである」(P.181)
 「16世紀フランスの国家学者ボダンは、『人間こそ唯一の富である』という格言を残している。人間との出会いは、人間に思わぬ力を奮い立たせる」(P.193「あとがき」より)

wrote by m-hamada メイン: 10:32

2010年04月22日木曜日

作家・藤本義一(ふじもと・ぎいち)さんの言葉

 「表現には、事実と虚構とウソがある。久しぶりに出会った友人の顔色が悪かったときに『顔色悪いけど、どうした?』と言うのは事実を言っているけれど、相手のことは考えていない。そんなこと言われたら嫌でしょ? 反対に、本人に何も言わず知らん顔するようなのは人間関係としてウソやね。虚構はその真ん中。顔色が悪いのは心配やけど、そのまんまを指摘しない。そんなときには自分の顔色見せて『おれ、顔色どう?』と言えば、相手は『どうしたんや?』となる。『最近なあ……』とこっちが打ち明けると、相手は『血圧どうや?』と聞いてくる。相手が不調なのは血圧なんですよ。真実を教えてくれる。これって幸せを呼んでいるんじゃないかなあ。相手を傷つけることなく、相手に喜びや安心を与える。表現というのは、これが大事だと思います。」
 4月21日付け毎日新聞夕刊の『新・幸福論』にて紹介されている藤本義一さんの言葉です。
 へーっと声をあげて驚いてしまいました。「頭の良さには100種類ぐらいある」と先輩に言われたことがありますが、これも頭の良さのひとつの形だと思いました。人生経験の豊かさと人間関係についての深い探求の跡が感じられるようで、良い言葉に出会えたことが嬉しくなりました。

wrote by m-hamada メイン: 13:29

2010年04月17日土曜日

作家・渡辺淳一さんの言葉

 「高度成長やバブル経済が日本の男時(おどき、上り調子を意味する能の言葉)だったとすれば、派手さよりも熟成に向かう、そして女性が力をつけてきた現代は、女時(めどき、同じく能の言葉で頑張ってもうまく行かないときのこと)なのかもしれません。女時には、これまで『ダメ男』と決めつけられていたタイプも『心地いい男』と評価される。反対に『無口で強そうな男』は『面白みのない男』に成り下がる。女の感性が中心を占める時代に合わせ、切り替えられる対応力が幸せを呼ぶ。男は男らしくなれなんて、疲れる。男は本当は女なんだから。一般的にいわれている『女らしさ』は男の正体であり、『男らしさ』こそが女の正体。だから、男の子は『男らしく』、女の子は『女らしく』、それぞれ矯正されてきた。年を取るにつれて女性の方が性格が強くなるのは、もともと強かった性格がむきだしになるから」
 4月17日付け東京新聞夕刊の文化欄に、顔写真入りで大きく掲載されていた渡辺淳一さんの特集紙面の中の言葉です。
 時代の流れを鋭く分析しているようで、説得力があり面白いと思いました。
 3月3日に『幸せ上手』(講談社)という本を出版。「日本中が暗い、暗いって、言いますが、いっぱい幸せはあるんだよ」と語られたとあり、前向きで素晴らしいことだなとも感じました。

wrote by m-hamada メイン: 14:34

『日本辺境論』の著者、内田樹(うちだ・たつる)教授の言葉

 「集団のパフォーマンスを上げるためには、いろいろなタイプの人材を有機的に組み合わせないといけない。頭が切れてロジカル(論理的)な人ばかりを集めると組織は破綻します」
 「読売巨人軍が一時、4番打者ばかりそろえて勝てませんでした。小技のうまい選手、つなぎのできる選手も加えて、適材適所の役割分担型のチームにして強くなった」
 「総合力では劣っていても余人をもって代え難い得意技を持った人、身の程をわきまえて黙々と仕事に打ち込む人、人を立て周囲を奮い立たせる人。組織のメーンストリートではない周縁で『雪かき』のような地道な仕事をいとわない人たちがいる。そんなモチベーションが高い組織は強い」
 神戸女学院大学文学部総合文化学科教授である内田樹さんの言葉で、4月17日付け日経新聞夕刊に掲載されていました。
 雪かきのような仕事に注目されるところが、辺境の民を論じられている内田教授らしいと興味深く思い、心に残りました。構成員がイキイキと楽しそうにしていて、なおかつ、ひとりひとりの力が伸び伸びと発揮されるような組織が、日本中に増えてほしいものと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 13:59

2010年04月10日土曜日

知識・教養についての言葉

 「知識、教養は、知恵を開く門である」
 聖教新聞に連載中の小説『新・人間革命』の4月10日付に出ている言葉です。
 大学教育の重要性について触れている中で述べられたものですが、短い文章で、鋭くわかりやすく表現されていて、記憶に残る素晴らしい言葉だと思いました。
 後半には、ある二部大学に通う学生が睡眠時間を削り、精神的にも肉体的にもきつい思いをしながら仕事に学業などに挑戦する姿を描いたあと、次のような文章が続きますが、この文章にも感動しました。
 「苦闘の渦中は、ただ、必死なだけかも知れない。しかし、その時が、最も成長し、前進し、自身を磨き上げている時なのだ。苦闘即栄光であり、苦闘即勝利となるのだ」

wrote by m-hamada メイン: 13:13

2010年04月09日金曜日

千葉大学法経学部・広井良典(ひろいよしのり)教授の論文より

 「現在の先進諸国では構造的な生産過剰の結果、慢性的なヒト余り(=失業)が生じている。こうした時代にはむしろ人は多く活用し、逆に自然資源を節約することが重要となる。生産性の概念を『労働生産性』から『環境効率性』へ転換するのだ」
 広井教授の「福祉は経済の『お荷物』か」という論文(4月9日付け毎日新聞夕刊)に出てくる文章です。
 フィンランドでは「福祉と経済の相乗効果」という考え方が可能となっていることをあげ、そのポイントのひとつが「生産性という概念の見直し」であるとして冒頭の言葉を述べ、「福祉という人手の多くかかる分野に人的資源を配分していくことこそが、経済にとってもプラスになる」と述べています。
 福祉が雇用を生み、経済を発展させるという考え方が興味深く魅力的だと感じ、広井教授のお考えをしっかり勉強しなければと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 21:36

2010年04月07日水曜日

作家・阿刀田高さんの言葉

 「人生には必ず逆境があります。そのときの経験を人生にどれほど生かせるかが大切だと思います」。
 4月5日から8日まで朝日新聞夕刊に連載された、『人生の贈りもの』の中に出てくる阿刀田高さんの言葉です。
 阿刀田さんは大学2年生の時に結核が見つかり、1年半の療養生活を送ったようです。最初は3ヶ月間と言われた入院生活が1年半に及び、精神的にまいりながらも、退屈なのでモーパッサンやオー・ヘンリー、チェーホフ、ヘミングウエイなどの本ばかり読んでいたそうですが、「これが、自分で小説を書くようになったとき非常に役に立ちました」として、冒頭の言葉を述べています。
 時代の転換点に立つ日本の社会を励ましているように聞こえ、力強い言葉だと感じました。

wrote by m-hamada メイン: 21:42

2010年04月02日金曜日

ロシアの文豪トルストイの言葉

 「全力を振りしぼって生きるのです。読書をしなさい、考えなさい、人と交流しなさい、自分の心を見つめなさい。今こそ、人生を最大限に生かすのだと、決意するのです」
 ロシアの文豪トルストイが愛娘(まなむすめ)アレクサンドラへ贈った言葉だそうです。
 魂の叫びのようなものを感じます。心に留めておかなければと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 01:23

2010年03月30日火曜日

川崎区に来る最先端の研究所に感動!

 (仮称)再生医療・新薬開発共同研究センターとして、平成22年度内に川崎区へ進出してくる研究所(現在は宮前区にあります)を視察しました。
 再生医療の研究は世界一レベルで、説明してくださった方からは、「映画でスーパーマンを演じたクリストファー・リーヴ氏(Christopher Reeve、1952年9月25日~2004年10月10日、アメリカ合衆国の俳優・映画監督)は、乗馬競争で転落し脊髄損傷(せきずいそんしょう)を起こしましたが、もう少し長生きしていただければ、川崎の医療技術で治療できたかも知れない」との話があり、ビックリ。
 スーパーマンを治療するようなスーパードクターが世界中から集まってくるのではないかと感じ、うれしくなりました。
 期待通りの結果に結びつくように、しっかり応援して行こうと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 22:42

2010年03月26日金曜日

京都大学名誉教授・市村真一さんの主張より

 「良き宰相には、持つべき素質と要件がある。管見(細い管(くだ)を通して見る意。(ⅰ)狭い見識。視野の狭い考え方。(ⅱ)自分の知識・見解・意見をへりくだっていう語の意味)の及ぶところ、歴史家トインビーが示した4条件が見事である。
 ①勇気と国民を奮い立たせる能力がある
 ②私的偏見がない
 ③他人の考えや気持ちを敏感にとらえる直感力を持つ
 ④あくまで確実で限られた目標を追求する
 トインビーは①の例に、アタチュルク(トルコ共和国を創設)、チャーチル、ガンジー、ホーチミンを、②でトルーマンを挙げ、④を論じて言う。『同じ革命家の中でも、(ロシア革命の)トロツキーは幻想家として失敗し、レーニンとスターリンは現実主義者として成功した』と。」
 3月26日付の産経新聞『正論』に掲載された市村名誉教授の論文「希望的観測では首相は務まらぬ」の一部です。
 市村名誉教授は、このあと鳩山首相について、「この名言の4条件を著しく満たさないが、致命的なのは特に④の条件である」と述べておられます。
 現実的でなければならないことを、歴史家トインビーの言葉を引かれて、説得力のある言い方で主張されているところに、静かに燃える情熱のようなものを感じ、強く印象に残りました。

wrote by m-hamada メイン: 23:58

2010年03月23日火曜日

福澤諭吉の言葉

 「政治というのは悪さ加減の選択だ」

 大学卒業25年の節目に出席した慶応義塾大学の卒業式で、いただいた『三田評論』3月号に掲載されていた橋本五郎さんの論文「ジャーナリストの羅針盤」の中でみつけました。
 『福澤諭吉全集』の第14巻に収められている、「時事新報」の論説「政府の更迭自ら利益なきに非ず」の中にある言葉のようです。

 原文を詳しく書くと、「万能の善政府は遂に見る可らず。是に於てか本来政府の性は善ならずして、注意す可きは只その悪さ加減の如何に在るの事実を、始めて発明することならん」。

 橋本五郎さんは、「政権が代わった。でもなかなかいい政権ができやしない。これをどう考えたらいいか。性善説に立って、あんまりこの政府ができれば大変いいことがあると、思ってはいかんぞ、と言っているんですね。『注意す可きは只その悪さ加減の如何に在る』」と、述べられています。

 今の政治状況を冷静にみつめ見事に言い当てている言葉であり、しかも、『三田評論』への掲載ということで福澤諭吉の言葉の中からそのことを提示してみせるとは、相当の知識量であり、博識でいらっしゃるなあと感動しました。

 

wrote by m-hamada メイン: 19:04

慶應義塾大学卒業式での清家篤・塾長の言葉

 「福澤先生は,智恵と徳義の二つを,さらに公と私,すなわち公(おおやけ)と私(わたくし)に分かち,公智,公徳,私智,私徳という四つの要素にして説明を加えておられます。このうち私徳というのは,謙虚であるとか,律儀であるといった人の心のうちの徳義をいい,私智というのは,理論をよく理解しそれを応用するまでの智恵を指します。これに対してさらに重要なのは公の部分で,例えば公徳というのは,公平であるとか,勇敢であるといった,社会の中で発揮される徳義のことを指します。
 そして中でも福澤先生が最も重要とされたのが公智です。物事の軽重を正しく見極め,重いものを先に,軽いものを後に行う判断力です。理論を理解し応用するといったことが工夫の小智であるとすれば,これは聡明の大智であると,言っておられます。
 皆さんにはこうした自分の頭で考える力をもって,まずしっかりと仕事をし,自らの生活を営んでいってほしいと思います。人に頼らず,自らの能力を活かして収入を得て,独立した個人として生き,独立した家計を営むということで,これは福澤先生の言葉を借りれば一身独立ということになると思います。
 その上で,そうした仕事や,あるいは社会的な活動などを通じて,少しでも日本や世界をもっとよい社会にすることに貢献する,という意識をもっていただきたいと思います。」

 卒業して25年目に当たることから、卒業式に招待していただいたのですが、25年前にも同じように素晴らしい式辞を伺っていたのでしょうから、もっとしっかり胸に刻んでおくべきだったと思ったり、卒業から25年の時を経た今だからこそ心に刺さるのだろうなどと思いながら、ありがたく拝聴しました。
 いずれにしても、卒業から25年目に卒業式にご招待いただけるとは、実にいい制度だなあと感じました。

wrote by m-hamada メイン: 18:14

2010年03月19日金曜日

『上司は思いつきでものを言う』の著者・橋本治さんの言葉

 「世の中が困った上司の話に事欠かないのは、見方を変えれば、無能な部下が多いからかも知れません。部下だって、自分の無能を棚に上げ、上司の悪口を口にする方が楽なはずですから」。
 これは、3月19日付の毎日新聞夕刊に掲載されていた特集ワイド「上司に困った(T_T)」で紹介された橋本治さんの言葉です。
 著書『上司は思いつきでものを言う』の中では、上司の“思いつき発言”は上司個人の問題ではなく、「組織上の問題」と指摘され、「部下が建設的な提案をすると、上司はこれまでの自身の立場や能力を否定されていると感じ、受け入れられない。でも、上司として何かを提案しようとしても、現場を離れているので、現実離れした思いつきを口にすることになる。会社は大きくなると現場から遠い上司をたくさん生み出し、思いつきもドンドンまかり通るようになる」と分析されているようです。
 上司のことを面白おかしく取り上げているのが目立つ中で、上司と部下の双方からの視点を持ち、人間組織が陥りがちな問題として冷静に理性的に考えていると思い、公平な見方だと感じました。
 そういう橋本治さんが、上司の思いつき発言に対する部下の対応策として、
「まずはあきれてみることです。ハッキリ『ええっ』と声を上げて。こちらの考えを理解しない人間に『理解しろ』と言ってもケンカになるだけ。あきれてみせて距離を置き、考えさせる方がマシです」
と述べていることも説得力があって面白いと思い、心に残りました。

wrote by m-hamada メイン: 14:01

2010年03月03日水曜日

『論語』為政篇に登場する孔子の言葉

 「吾(われ)十有五(じゅうゆうご)にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑はず。五十にして天命を知る。六十にして耳順(したが)ふ。七十にして心の欲する所に従いて、矩(のり)を踰(こ)えず。」
 孔子が自分自身の人生を振り返った言葉のようですが、後半の“60歳にして人の言葉を素直に聞けるようになる”と、“70歳にして心のままにふるまっても度をはずすことがなくなる”というのを知って、孔子ほどの人がそうなのかと、驚くような不思議に感じるような気持ちになった。安心するというか何というか・・・。

wrote by m-hamada メイン: 17:45

2010年02月19日金曜日

MITメディア研究所副所長、石井裕(ひろし)さんの言葉

 「高校時代に井上陽水を聴いて、言葉の力を知りました。宮沢賢治、若山牧水、立原道造らの本をリュックサックに入れて夜行列車を乗り継ぐ旅をしました。いちばん好きなのは若山牧水の『終りたる旅を見かへるさびしさにさそはれてまた旅をしぞおもふ』です」。
 日経新聞・夕刊に2月15日から19日まで連載になった「人間発見“出すぎた杭は打たれない”」で紹介されました、米マサチューセッツ工科大学(MIT)メディア研究副所長、石井裕さんの言葉です。従来のコンピューターを超えた新しい情報機器のデザインで世界的に有名な研究者が、言葉の力を語るところに興味を持ちました。
 シベリア強制収容所で飢えを経験した父が「飢えると、0.5秒以内に目前のモノが食べられるか否かを判断し、次の0.5秒で口に入れている」と言っていたということを例に挙げ、「日本人に欠けているのは飢餓感です。中国やインドから米国にやってくるハングリーな若者たちに勝てない理由は、飢餓感の欠如だと思います」と述べられていることも面白いと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 15:05

資生堂名誉顧問・福原義春さんの言葉

 「仕事の合間に5分でも空けば本を読む。忙しければ忙しいほど読みたくなる。一種の中毒です。ストレスを緩和させて、違う世界に自分を置きたいというのもあるが、人間かくあるべし、というのを本は教えてくれる」。
 2月19日付け毎日新聞・夕刊の「新・幸福論 生き方再発見」に掲載されていた言葉で、本当に本が好きなのだなと感心しました。
 他に、大切にしている言葉は?と聞かれたことに、「アメリカの社会学者、ダニエル・ヤンケロビッチさんの『人から影響を受けるように努めると、人にも影響を与えるようになる』という言葉です」と答えていたことも面白いと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 14:54

2010年02月17日水曜日

山岡荘八さんの著書『伊達政宗』に出てくる言葉

 「大きな敵がなければ緊張も小さく、緊張が小さければ人間も小さくなって、伸びないものらしい」。
 高度成長時代の言葉のように感じ、少なくとも癒し系の言葉ではないなと思いましたが、世の中のひとつの真実なのだろうなと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 17:54

2010年02月12日金曜日

「希望学」の研究者、玄田有史さんが紹介してくれた言葉

 「夢を持って死んでいくのが夢」。
 東大教授の玄田有史(げんだ・ゆうじ)さんが、岩手県釜石市で希望学のための聞き取り調査をするなかで出会った「80歳近い八幡登志男さん」の言葉として示しているものです(2月12日付け毎日新聞・夕刊の「新幸福論 生き方再発見」)。
 八幡さんは、89年に町の製鉄所の高炉が停止した時、町を元気づけたいと遊園地を開園。ほどなく倒産し数億円の借金を背負うものの、あきらめずに返済。ある日、家の前の小川でいつも犬が水を飲んでいることに気づき、水質調査で成分が良いと分かると周囲の反対を押し切り水を売る事業をスタート。玄田有史さんは、八幡さんを「挫折を経験した後も希望を持ち続ける人たち」の代表として取り上げています。
 さらに、何度もの挫折をどうやって乗り越えられたのかと尋ねたことに対して、八幡さんが「3人分かってくれる人がいたら大丈夫」と答えたことも印象的と。
 挫折しない人の存在そのものが希望になるのだなあと感動しました。
 

wrote by m-hamada メイン: 15:46

2010年02月11日木曜日

大日本帝国海軍の山本五十六・連合艦隊司令長官のことば

 「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ」

 日米開戦時に連合艦隊司令長官だった山本五十六さんの言葉です。

 米沢藩の第9代藩主であった上杉鷹山の言葉に、「してみせて 言って聞かせて させてみる」というものがありますが、これが山本五十六に影響を与えたとされているようです。

 人にものを教えるのは難しいものであり、じっくりと丁寧に多面的に示さないといけないと、よくよくわかっていらっしゃったなだろうなと感じました。

 想像できないような困難を乗り越えた方の言葉として、よく味わいながら読み、心に刻みたいと思いました。 

wrote by m-hamada メイン: 18:12

2010年01月27日水曜日

岡崎久彦著『情報戦略のすべて』に出てくる言葉

 「日本経済がこれだけ大きくなると、国際貿易、国際金融に対する依存度はもっと大きくなって、戦後米国が主導して維持して来た自由貿易体制と海洋の自由なしには到底生きて行けません。更に日本が先進民主主義国の一員となったことは米国との連帯を不可分のものとしています。
 二十一世紀初頭から現在にいたるまでの国際情勢において、アングロ・サクソン協調主義が、日本外交にとって、現実主義であったことの理論的根拠としてはこれで十分と思います。」(P.73)
 「日米安保条約の時でも、中国関係をどうするという批判に対する正しい答えは、中国関係というものは日本の安全にとっては二次的な意味しかなく、日米協力の重要性とは比較にならない、ということであるべきだったのでしょう。中国を軽視するという意味ではありませんが、これが二十世紀における極東の力の構造における現実だということです。
 しかし、中国に対する特殊な国民感情ーーこれが本当の国民感情であるかの問題は議論の分れるところとしてーーが存在した日本の国内事情では、そこまで冷静な判断をすることは困難だったという事情はありました。ここに、私は、中国問題、更に広く言えばアジア主義というものが、かつて一九三〇年代もそうだったように、日本の現実主義的政策の羅針盤を狂わせる魔性を持っていることを改めて指摘しておきたいと思います。」(P.75)

 先輩にご教示いただいた部分です。
 外交における現実主義、冷静な判断の重要性、感情の問題が及ぼす影響について教えていただきました。

wrote by m-hamada メイン: 19:35

2010年01月26日火曜日

司馬遼太郎著『燃えよ剣』の最後の約10行

「お雪。
 横浜で死んだ。
 それ以外はわからない。明治十五年の青葉のころ、函館の称名寺に歳三の供養料をおさめて立ち去った小柄な婦人がある。寺僧が故人との関係をたずねると、婦人は滲(し)みとおるような微笑をうかべた。
 が、なにもいわなかった。
 お雪であろう。
 この年の初夏は函館に日照雨(そばえ ※晴天の日に、ある所だけに降っている雨のこと。片時雨(かたしぐれ)ともいう)が降ることが多かった。その日も、あるいはこの寺の石畳の上にあかるい雨が降っていたように思われる。」

 名文だよ、と先輩に教えていただきました。
 「こういう文章は暗記しておかないと」とも言われました。
 何回も読み返し、本当にその通りだなと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 17:08

2010年01月25日月曜日

岡崎久彦著『戦略的思考とは何か』に登場する言葉

 「チャーチルの回顧録によれば、ルーズヴェルトが無条件降伏を主張するのに対して、チャーチルはそれでは犠牲が大きすぎるから、日本の軍の名誉を重んじた解決をしたらどうかと言いますが、それに対して、ルーズヴェルトは、『真珠湾を攻撃した以上(だまし討ちをした以上)日本には失うべき名誉は残されていない』と答えたとあります。もう一つ蛇足を加えると、スターリンは、『無条件降伏などとはじめから言わずに、降伏させさえすれば、あとは思うとおりにできるではないか』と言った由です。三人三様で、信長と秀吉と家康のほととぎすの話のようです。」(P90)
 「まさに、半世紀後ドゴールが、アメリカという国は天下の大事に、幼稚な感情と複雑な内政事情をもちこむと、喝破したとおりです。
 こういう点については米国の中でも反省はあります。ケナンは『アメリカン・ディプロマシー』の中で、右のような事実関係を全部認めたうえで、『米国の政治家は、道徳的な原則を、それが実際上非現実的なものであっても、無責任に打ち出す。その結果言われた方は困るのだが、もし言うことをきかないと国際世論の中で恥をかかせるようにさせ、他面、言うことをきいた国にとって、その結果問題が生じても、それはその国が解決すべきこととして助ける気はまったくない。こうやって、中国大陸における日本の地位を、単なる道徳的な信念から、毎年毎年やっつけてきたが、その間、日本や中国の内情、日本の力が極東のバランス・オブ・パワーに及ぼす影響など、実際の問題を考えることはほとんどなかった。日本の挫折感が軍国主義に走らせることにも関心がなかった……』等と述べ、すでに1935年のマクマレーという人が『日本を除去しても日本のかわりに帝政ロシアの後継者たるソ連が入ってくるだけで、得をするのはロシアだけだろう』と指摘したのを引用して、対日戦争の目的は達したが、その結果、日本の問題をアメリカが全部引き受けてしまったと述べています。そして、極東の国際政治の力の要素をもう少し考慮すれば真珠湾を避けえたかもしれない、と述べています。
 私は、ケナンの分析は全部正確であると思います。ただ、これはアメリカで権力政治のわかる例外的に少数の人の発言でありまして、アメリカの民主政治が実際にこのようなコースをとりえたものとはとうてい思えません。ということは、アメリカが片手にモラリズムをふりかざして、片手は国内政治に操られて動く国だということを既定の事実として受け入れて、そのうえで日本の政策をつくらざるをえなかったということです。もっと端的にいえば、日本はアメリカより弱いのだから、強い者の出方を観察して、それに合わせて政策をつくるほかはないということです。過去何世紀も、アングロ・サクソン世界外の国の存亡は、アングロ・サクソン勢力の出方のヨミをいかに正確に行うかに、かかっています。」(P106~107)
 「第二次大戦で米国が戦争目的を達したならば、得をするのはロシアだろうということは、すでに述べたように、少なくともアジアについては、戦争前から予言されていました。
 はたして第二次大戦は、ソ連にとって大変に幸運な戦争になりました。
 ソ連が理も非もなく強引にバルト三国を滅ぼして併合し、続いてフィンランドに侵入したころは、米、英、仏などの西欧民主主義国の世論の中では、ソ連が最大の悪玉でした。英雄的な抗戦を続けるフィンランドへの国際的同情は翕然(きゅうぜん ※多くのものが集まって一つになるさま。一致するさま)として集り、ソ連は国際連盟から除名されます。英仏の対ソ戦争開始はもう決定されていて、もしフィンランドの降伏がもう十日遅ければ英仏はソ連と戦争に入っていたはずです。
 ところが、その後ドイツに攻撃されたおかげで、一転して、世界最強のアングロ・サクソン世界の同盟国にしてもらって、アメリカの潤沢な武器援助で戦うことができました。しかも攻撃はドイツ側から始められ、当初はさんざん痛めつけられたために、自衛戦争という錦の御旗までもらいます。ナチスに攻められたソ連の悲惨も、ソ連に攻められたポーランドや、バルト三国や、フィンランドの悲惨も同じことですが、歴史のめぐり合せで、ソ連は第二次世界大戦を英雄的戦争と呼び、社会主義を平和愛好勢力と呼ぶことができるおまけまでつきます。」(P136~137)
 外交の最前線で繰り広げられる死闘のような様子を、手に取るように分析してみせる明晰な頭脳と、洞察力のすごさを感じました。

wrote by m-hamada メイン: 19:23

2009年12月25日金曜日

薩摩藩出身の明治初期の実業家・五代友厚(ごだいともあつ)氏の言葉

 「人と己の論(意見)、五十歩百歩なる時は、必ず、人の論を賞(ほ)めて採用すべし」と。
 明治5(1872)年正月、五代友厚が、旧知の大隈重信に提出した「諫言五カ条」の一文(第二条)です。12月25日付の産経新聞に掲載されていました。
 「諫言五カ条」にはほかに、「愚説愚論を聞くことに能く堪えるべし」(第一条)、「怒気怒声を発するはその徳望を失する原因なり」(第三条)、「事務を裁断するには、その勢の極に迫るを待ってこれを決すべし」(第四条)、「己がその人を忌む時はその人もまた己を忌むべし。故に己の欲さざる人に勉(つとめ)て交際を弘められん事を希望す」(第五条)とあります。さらに、五カ条の前には、「閣下の恩恵を蒙(こうむ)る者は恐らくその美を挙げて、その欠点を責むる者なかるべし。今、友厚は従来の鴻恩の万分の一を報ぜんため閣下の短欠を述べて赤心を表す。閣下、高明、失敬を恕(じょ)せよ(=許せ)」と。
 伊藤肇氏の「喜怒哀楽の人間学」(昭和53年の著作)によると、「大隈重信という人物は、烈しい覇気と闘志との持主であったにとどまらない。性格において極度に外向的、外発的で自己主張に甚だ急であった。これは支配への根強い欲求に通ずる。そして、このような性格は他面からいい直せば、自己に沈潜し、内面的充実をはかることに意を用いず、情操に乏しく、散文的であった。これは自己の才気を恃(たの)む者にしばしば見られる一つの性格である。五代はそこのところを戒めたのである」と解説されています。
 熱い言葉として心に響きました。

wrote by m-hamada メイン: 22:49

宇宙飛行士・向井千秋さんが人生の指針としている言葉

 「凛として生きなさい」。
 向井さんが通った高校で「家庭科同好会」の顧問を務めていた高比良信(たかひら・しん)先生から、向井さんがよく言い聞かせられた言葉とのこと。
 先生は、どんなに厳しい環境の時も背筋を伸ばし、しっかりと自分の人生を生きる人で、その先生に身近に接したことが、向井さんのその後の人生に大きく影響。念願の医師になり、精神的・肉体的に大変な状況の中でも、先生のこの言葉を胸に、決して患者さんに疲れた顔を見せず、常に髪と服装を整えて接することができたそうです。
 12月25日付の日経新聞夕刊で紹介されていました。
 向井千秋さんらしい言葉だと思い、心に残りました。

wrote by m-hamada メイン: 21:05

2009年12月14日月曜日

ノーベル経済学賞受賞者ポール・サミュエルソン氏の言葉

 「フランケンシュタインのような悪魔的な金融工学が、(金融)危機の原因だった」
 「行き過ぎた市場の規制緩和を進めたブッシュ大統領(2008年当時)は、米大統領で最悪の人物だ」
 「街の貧しい人や田舎の人にお金が行き渡るよう富の分配機能を回復させるべきだ」
 「右傾化した自由主義者らが唱えた『資本家に任せておけば、すべてが正しい方向に進む』という考えは誤りだ」
 ポール・サミュエルソン氏が12月13日に94歳で亡くなられたことを報道する新聞記事の中で、引用されていた言葉です。

wrote by m-hamada メイン: 22:39

2009年12月11日金曜日

ノーベル平和賞受賞演説でオバマ大統領が引用した言葉

 「人間の本性の急激な変化ではなく、人間のつくる制度の段階的な進化による平和を目指そう」。
 これは、オバマ大統領がノーベル平和賞の受賞演説で引用したケネディ大統領の言葉。60年以上にわたってアメリカが自国民の血と自国の軍事力によって世界の安全保障を保証してきたことと、いかに正当化されようとも戦争は間違いなく人間に悲劇をもたらすということを述べ、これら一見矛盾する二つの真実を調和させることが我々の課題だと語っています。
 平和への着実な歩みが「人間のつくる制度の段階的な進化」によってもたらされる、と述べていることに新鮮な感動を覚え、心に残りました。

wrote by m-hamada メイン: 20:57

2009年12月06日日曜日

「NHK『迷宮美術館』巨匠の言葉」(三笠書房)の中から

 「人間は醜い。されど人生は美しい」。
 19世紀フランスの画家、アンリ・ド・トゥルーズ=ロートレック(1864年11月24日~1901年9月9日)の言葉。ロートレックは、13歳の時に左の大腿骨を、14歳の時に右の大腿骨をそれぞれ骨折したため脚の発育が停止、胴体の発育は正常だったものの、脚の長さは子供の状態のままという障害を持つことになる。身体障害者として差別を受けたからか、娼婦や踊り子のような夜の世界の女たちにある種の共感をもち、彼女たちを愛情のこもった筆致で描写。作品は、油彩『ムーラン・ルージュに入るラ・グリュ』(1892年)、ポスター『ディヴァン・ジャポネ』(1892年)など。
 「こんな風に描くためには、何度も死ななくてはならない」。
 フィンセント・ファン・ゴッホ(1853年3月30日~1890年7月29日、オランダに生まれ主にフランスで活動、「フィンセント」は「ビンセント」「ヴィンセント」とも)が、崇拝するレンブラント・ハルメンス・ファン・レイン(1606年7月15日~1669年10月4日、オランダ)の絵に対して述べた言葉。

wrote by m-hamada メイン: 21:31

山崎正和さんの言葉

 「時代の次を見ている人は幸せであるが、次の次を見ている人は、光栄ある、しかし苦難多き晩年を送るほかはない」と。
 塚本哲也著『メッテルニヒ』についての山崎正和さんの書評に出てきた言葉です(12月6日付け毎日新聞)
 19世紀初頭の欧州を二つに分け、ナポレオンと軍事と外交で死闘を繰り広げたメッテルニヒの前半生と、やがて失脚して英国に亡命し、三度の結婚で得た妻と子供たちを失いながらも優雅な社交性を失わない晩年が描かれていると本の内容を紹介。そこにみずから高齢を迎えた著者の同時代人に向けた密(ひそ)かで毅然たる訴えが聞こえるようだと。高次元の共鳴音の一端を見せていただいたような気がしました。

wrote by m-hamada メイン: 20:22

2009年11月17日火曜日

心理学者・小倉千加子さんの分析

 毎日新聞夕刊に「女子間の格差を生む一因」として載っていた、「母娘関係」について分析した言葉を読んでビックリしました。
 いわく「進学などを機に親元を離れなかった人は、『女の子が家を出るのはお嫁に行くときだ』『家やお墓を守らなくてはいけない』と母親から口癖のように言われていることが多い。すると娘は親や家を捨てるなど想像できない人生を歩むことになり、18歳で人生が決まってしまうことになりかねない。これでは、家の名を借りて、母親が欲望を満たそうとしているのと同じ」と。
 さらに、「人間関係が濃密で世間の目に縛られがちな地方の母親は、匿名性を担保され嫁や妻の役割から解放される都会の専業主婦のような恩恵を受けてこなかった。忍耐を強いられた地方の母親は、『あなただけは離れないでね』と娘に依存するのでしょう」と。
 当事者でもわからないような心の奥底のメカニズムについての解明ではないかと思い、興味深く読みました。

wrote by m-hamada メイン: 20:49

2009年11月07日土曜日

『崇峻(すしゅん)天皇御書(中)』より

 『返(かえ)す返(がえ)す御心への上なれども末代のありさまを仏の説かせ給いて候には濁世(じょくせ)には聖人も居(こ)しがたし大火(たいか)の中の石の如し、且くは・こらふるやうなれども終には・やけくだけて灰となる、賢人も五常(ごじょう)は口に説きて身には振舞いがたしと見へて候ぞ、かうの座をば去れと申すぞかし』(御書1172ページ)
 <(現代語訳)よくよく心得ておられることとは思いますが、末法のありさまを仏がお説きになることには、「濁世には、聖人であっても聖人として生き続けることは難しい。大火の中の石のようなものです。しばらくは堪えるようであっても、終には焼け砕けて灰となります。賢人も五常(仁・義・礼・智・信の五つの道徳)は口に説くが実際に振る舞うことは難しい」と書かれていらっしゃいます。「一番の上席は去れ」とも言われるではありませんか。」>
 11月7日付け聖教新聞に掲載された「『御書』に学ぶ」に紹介されたものです。
 主君からの信頼を取り戻した四条金吾に、油断を排していくよう、具体的な振る舞いを教えられた箇所とのことです。
 微に入り細にわたる配慮のありがたい言葉だなあと感動しました。

wrote by m-hamada メイン: 17:51

2009年11月01日日曜日

『だから私は本を読む』の著者、資生堂名誉顧問・福原義春さんの言葉

 「古典や小説などはすぐに役に立たないと思われるかもしれない。しかし、私の経験した社長業十年の間に下した大きな決断はほとんど本から学んだ智慧によるものだったのだ」。
 11月1日付の公明新聞に掲載されていました。
 自身の読書体験として、「戦後は伯父の福原信三が視力をほとんど失って、その頼みで大人向けの新刊書の音読をさせられたことだ。それはとても大変な仕事だったけれど、ずっと後になってその体験がどれだけ生きてきたか判らない。」とも紹介されていました。もしかしたら、少年の将来を考えて頼む形で読ませたのではないかと想像してしまい、伯父さんの慈顔が思い浮かぶような気がしました。

wrote by m-hamada メイン: 21:12

2009年10月30日金曜日

映画『沈まぬ太陽』の主演俳優、渡辺謙さんの言葉

 「アフリカの地を踏みしめ、その根源的なエネルギーを感じてみると、自分を取り巻いていた暗雲のようなものがすっと張れるような感覚があった。恩地も恐らくそういうものを感じたのでは」。
 10月30日付の読売新聞夕刊に掲載されていました。
 渡辺謙さんは、物語の主人公・恩地を演ずる中で、会社組織での苦闘に「ブラックホールに落ちていくような感覚」を覚え、「ある種の疎外感や孤独感と戦っている気もしました」と言い、それでもなぜ恩地は会社を辞めないのかを考え、1ヶ月半に及ぶ海外ロケの中で訪れたナイロビで、答えを見つけた気がしたと語っています。
 テレビでしか知らないアフリカの大地。私も一度踏みしめてみたいものと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 21:31

2009年10月27日火曜日

元NHKアナウンサー山川静夫さんの座右の銘

 「子どもの前半生は親の責任。親が徳を積めば子は幸せになる。後半生は自分で徳を積みなさい。あなたの子の前半生を幸せにするのだから」。
 山川静夫さんのお母さんの口癖だったそうです。小学校の教員であった母は躾が厳しかったともあり、心に残りました。10月27日付の日経新聞夕刊『こころの玉手箱』に紹介されていました。

wrote by m-hamada メイン: 15:38

2009年10月17日土曜日

「婚活」を生んだ山田昌弘さんの言葉

 「フロイトは愛することと働くことは、大人の基本的なあり方だと言っています。私も同感。結婚の意義は自分を大切に思い、必要としてくれる人を得る手段、いや保証書みたいなものです。この保証部分が恋愛と違う。現代では、結婚は恋愛よりも格段に難しくなっているのです」。
 10月17日付け朝日新聞に載っていたインタビューで、最後に「就職は義務ですけど、結婚は義務ではないでしょ」と聞かれたことに対する答えです。
 フロイトの言葉がサッと出てくるところがすごいなと感心しました。

wrote by m-hamada メイン: 21:59

2009年10月02日金曜日

『悩む力』の著者・姜尚中(カン・サンジュン)さんの言葉

 「僕は完全に消費されないように、テレビ番組に出て話をする時は、意識的に7割だけ話すようにしています」。
 10月2日付け読売新聞の松任谷由実プレミア対談で述べられている姜尚中(カン・サンジュン)さんの言葉です。

wrote by m-hamada メイン: 14:43

2009年06月25日木曜日

スポーツライター・増田明美さんをスカウトした監督の言葉

 「おれと一緒に富士山の頂上に登ろう」
 ロサンゼルス五輪に出場され、「女瀬古」とも呼ばれた増田明美さん。陸上選手になったきっかけは、中学3年生の全国大会で女子800メートルの4位になったことから、成田高校陸上部の滝田詔生(つぐお)監督がスカウトに来られたことだったという。滝田監督は、上下純白のスーツに身を包み、南房総の「小さな町」(増田さんの言葉)の家にベンツを横付けし、「おれと一緒に富士山の頂上に登ろう」と。「一撃で心をわしづかみにされた」とのことです。
 同じ年でライバル的存在の選手との間のことについて、監督から「低俗なライバル意識を捨てて相手に感謝しろ」と言われたことも心に残っているようで、素晴らしい監督さんだったのだろうなと思いました。
 日経新聞の夕刊に紹介されていたものですが、多感な青春時代に受けた陸上部監督からの言葉が今も記憶に残っているということを、感動的なことだと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 19:02

2009年02月26日木曜日

俳優でもあり司会者、書評家でもある児玉清さんの言葉

 「小説を読まない国には未来はありません」と。「本さえあれば、何もいらない。人生の一番の楽しみ」と言われる児玉清さん。物心がついたころから一日も欠かさず本を読み続け、蔵書が一万冊を数えるという。
 「小説は現代社会を切り取っている。米国なら米国の社会の実情が見事にわかる。小説を読めば現実がそれだけ際立ってくるし、自分が見たモノだけが現実ではないと気づく」とも。豊かな読書体験と、その読書体験に基づく教養の深さ、視野の広さが感じられ、重い言葉がゆっくりと心の底に沈澱していくように感じました。本を読まないといけないなあと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 13:51

2009年02月18日水曜日

俳優・仲代達矢さんの言葉

 「僕がずっとやってきた新劇は、エンターテインメントとしてお客さんをひきつけながら見終わった後にどんな感動を与えられるかを考える。いわば哲学というか、生きることとは何かを深く感じてもらえたらいいなというもの」。
 76歳の今も全国を飛び回っていて、高齢のお客さんたちから「見終わって元気が出た」という感想をいただくという。さぞかしうれしいことだろうなと思うとともに、『この広い野原いっぱい』の歌詞を思い出しました。
 それは、『この広い野原いっぱい♪』の4番の歌詞で、
   この広い世界中の 何もかも
   ひとつ残らず あなたにあげる
   だから私に 手紙を書いて
   手紙を書いて
というもの。
 はじめてこの歌詞を読んだとき、「手紙をいただくのはそんなにうれしいのかな」と不思議に感じたものですが、時間の経過とともにだんだんと手紙だからこそ心に届くのだろうと思うようになったものです。
 もしかしたら、仲代さんも、この歌詞と似たような気持ちになっているのかも知れない、なんて思い、ニンマリと笑ってしまいました。

wrote by m-hamada メイン: 14:54

2009年02月13日金曜日

「週刊こどもニュース」の初代お父さん役、池上彰さんの言葉

 「『わかりやすさ』とは何なのだろうか。この事実とあの事実がこう結びつくという回路を示された時に『ああ、そうだったんだ』と思う。例えば、ある国でこういう事件があったと聞くと『へーっ』とはなるが、それだけではわかったことにはならない。その事件が実は日本のこんなこととつながっているんだ、と言われて初めて『わかった』ことになる。伝える側はその回路を見つけて、受け手に提示することが大事だ」
 2月13日付の毎日新聞夕刊に掲載されていた池上彰さんの言葉です。
 わかりやすさの追求、わかりやすさの回路の発見に、一生懸命とりくんでいることが伝わってきて感動しました。

wrote by m-hamada メイン: 19:18

2009年02月10日火曜日

伊藤光晴著「『経済政策』はこれでよいか」に書かれた言葉

 「経済理論を学んでいる者が、現実政策について発言するときは、つねに自己抑制をともなう。理論は--明示的であるにしろないにしろ--それが持っている前提と、現実との間に乖離があるからである。もちろん論者の中には、そうしたことを考えることなく、理論をもって現実を切り、批判する人もいる。『理論信仰』である。しかしもし、歴史の深淵の中で理論の変化を考えるという学説史の修練を持っていたならば、理論は論者が重要と思う現実の一部を切りとって構成したものであり、理論の相対化が意識されると同時に、現実の変化とともに、重点は変わり、理論と現実との乖離が生まれる可能性を強く意識するはずである。同時に経済政策は、事実についての深く広い追求の上に立たねばならないのである。事実についての知識の有無が人々の判断を左右するからである。
 この小著を通じて私が強く言いたいのは、事実についての追求努力なしに、既存理論やイデオロギーで政策を論じようとする『原理主義』的理論家の政策発言に対する疑問である。」(「はしがき」の冒頭の部分)
 また、はしがきの後半ではこのようにも述べられている。
 「経済政策を考える時、経済学において『理論と現実とを結びつけるという困難な仕事』と言ったシュンペーターの言葉を思い出すとともに、現実を正しくとらえるための努力を惜しまなかったケインズに、私は学ばざるをえない。」
 「原理主義」的理論家というような知的努力を怠ったものになってはいけないと思うとともに、しっかりと勉強して「現実を正しくとらえるための努力」を惜しまないようにしなければと思いました。
 1999年2月10日に発行された本でしたが、10年後の2009年、先輩に教えていただいて初めて読み、感動しました。伊藤光晴さんの著書・論文はしっかり読んでいこうと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 02:21

2009年02月03日火曜日

江戸後期の儒学者・佐藤一斎の言葉

 「少くして学べば壮にして為すことあり。壮にして学べば老いて衰えず。老にして学べば死して朽ちず」。語録「言志晩録」第60条に書かれた言葉。佐藤一斎(さとういっさい、1772~1859)は美濃岩村藩の家老の子として誕生。中井竹山に学び、朱子学を主とし、陽明学に傾き、林家(りんけ。はやしけとも読む。江戸時代、幕府の儒官として官学である朱子学をつかさどった家)の塾長、昌平黌(しょうへいこう。昌平坂学問所ともいう。江戸時代の儒学を主とした学校。林羅山が上野忍ヶ岡に創設した弘文館に始まる)の教授となった人です。
 朱子の『近思録』にある「学ばざれば、則ち老いて衰(おとろ)う(不学便老而衰)」を元にしたものといわれ、さらに、この「三学戒」は西郷隆盛が座右の銘としたとも言われているようです。
 人生の大先輩に教えていただきました。しっかりと心に刻みたいと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 14:38

2009年01月22日木曜日

「産経抄」を35年にわたって書き続けた石井英夫さんの言葉

 「短く書く、鋭く書く、素直に書く。これをすれば、文章がうまくなるのではないかということを、自分に言い聞かせました」と。
 文章がうまくなる方法があるのか、教えてくれとよく言われました、と前置きしてから、野球の話をしています。
 「東京オリンピックの前の年、昭和38年に1年間だけサンケイスポーツにいたんです。いまはない巨人軍の多摩川球場に取材に行ったことがあります。牧野茂さんという守備の名コーチが、新人にバッティングを教えていました。『王や長嶋だったら相手ピッチャーは、魅せられたように、やつらの好きな球を投げてくるんだ。だけど、おまえたちは違う。とにかく徹底的にボールを選べ』と教えていました。狙い球を絞って、ジャストミートするんだと。それには3つのコツがあるから、徹底的に覚えとけというんです。バットを短く振れ、鋭く振れ、素直に振れ-と教えている。この3つを叩き込んでジャストミートすれば、球は必ず野手と野手の間を抜いていくって。それを聞いて、こうすれば文章がうまくなるということと同じではなかろうかと(思った)」と。
 違う話をされているようで、きちんと文章の話に結びつく。興味深く、面白く、わかりやすく話してくださることに、話術の達人でもあるのだなと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 21:04

2009年01月16日金曜日

ハドソン川の奇跡

 1月15日午後(日本時間16日朝)、ニューヨークのハドソン川にUSエアウェイズの国内線旅客機が不時着した事故。乗員・乗客155人が全員救助されたことから『ハドソン川の奇跡』と報じられた。機長は元空軍パイロットで操縦歴40年以上のベテラン、チェスリー・サレンバーガー氏。機長の冷静な対応と飛行技術が『奇跡』をもたらしたようだ。長いキャリアの中で磨かれた技術と判断力に拍手を送りたいと思った。

wrote by m-hamada メイン: 21:51

2009年01月15日木曜日

最年長プロ棋士の言葉

 「正直、体力的にも厳しいし同じ姿勢で座っているのもきつい。しかし、私は自分の将棋自体が勝負にならないほど壊れたとは思っていません。ではなぜ勝てないのか。年が行くとどうして弱くなるのか。体裁を捨てて、それを自分自身で確かめてみたい」と。
 闘志満々の攻め将棋から「火の玉流」と呼ばれる73歳のプロ棋士、有吉道夫さんの言葉です。
 さらに、「最近は夕食の休憩の後、ガタッとくることが多い。精神的なものか肉体的なものなのかは分かりませんが、意志や努力ではなく感覚的なもの、生命力の争いに負けているという気がすることもあります。若いころは自然によけられた石ころにつまづいてしまうような感覚です。それならば、この年齢で勝つためにどうすればいいか。一生懸命頑張って、自分が納得できる将棋を指したいのです」と。
 プロ棋士54年目、厳しい勝負の世界に生きてきた有吉さん。その「道を求める真摯な姿勢」に厳粛なものを感じ、胸が熱くなりました。

wrote by m-hamada メイン: 21:57

2009年01月09日金曜日

マハトマ・ガンジーの言葉

 「人間が満足を覚ゆるのは努力にあり、成功においてではない。十分な努力は完全なる勝利である」
 聖教新聞に掲載されている『新・人間革命』の“新世紀”の章に載っていたものを先輩が教えてくれました。
 よく噛み締めなければならない言葉だと思いました。

wrote by m-hamada メイン: 16:42

2009年01月06日火曜日

日本一のメルセデス・ベンツ営業マンの言葉!

 「セールスはサービス業。車を売れば終わりでなく、売ってからの関係が重要だ。サービスとは、これでいいというもののない『無限の追求』」と。日本一ベンツを売る男と呼ばれる吉田満さん(46歳)の言葉です。
 顧客の個人的な要望に応えたり、顧客同士のビジネスの仲介をしたりと、毎日70~130本もかかってくる電話に対して、サービス精神いっぱいに応じているとも紹介されていた。セールスマンと顧客という垣根を越えた深い人間関係に、トップセールスマンの秘訣を見たような気がした。

wrote by m-hamada メイン: 21:59

2009年01月01日木曜日

山田太一さんの言葉。「最後に残るのは『家族』」。

 「本当に書くに値するのは40代以降です。病気もするし、職業や職場でも大きな格差が生まれる。夫婦の関係も若いころとは違う。すべてにおいて深く、複雑になります」。脚本家の山田太一さんが「ホーム」を描くドラマが少なくなったことを問われて答えた言葉です。さらに、続けて、「僕が家族劇を書き続けるのは、誰にとっても最後に残るのが家族だからです。家族には、自分では選べない『宿命性』があります。家族以外は『この人は仕事ができる』『美人だから』などと、自分にプラスかどうかを考えて付き合うでしょ。でも、家族は『なぜこの家に生まれたのか』と思っても、宿命性として背負うほかありません。その葛藤がドラマになり、時には救いにもなる」と答えています。
 1月8日から、山田太一さんが12年ぶりに手がけた連続ドラマ『ありふれた奇跡』がスタート(フジテレビ系、木曜午後10時)。それに先立ってのインタビューでのやりとりを読み、人生と家族を深く見つめる優しいまなざしが感じられ、心があたたかくなりました。

wrote by m-hamada メイン: 21:37

2008年12月15日月曜日

作家・なかにし礼さんの言葉

 「善なる魂だけでは歌に魅力が出ない。人間は善も悪も含めた存在だから、善という半面だけを書いた歌をヒットさせたいと思うのはおこがましい。善も悪も兼ね合わせる人間に語りかけるためには、歌の書き手も、善も悪も兼ね備えて語りかけないと、お互いの言葉は通じやしない」。毎日新聞12月15日付夕刊で紹介されていて、興味深く読んだ。
 アンデルセン童話の「赤い靴」という話を引用している。靴屋の息子だったアンデルセンは、店を訪れて足の採寸をする裕福な家庭の女の子をいまいましく思っていた。「おれが作った靴を一度履いたら、死ぬまで一生踊り続けなければならない靴を作ってやる」。アンデルセンはこんな人間の毒々しい思いを持って「赤い靴」を書き上げた。のろいをかけられた赤い靴は昼夜を問わず踊り続け、女の子は靴が脱げずに足を切り落とすという内容の話。
 なかにしさんは、「僕も同じだった」と言う。「その歌手が一生歌い続けなければならない歌を書いてやろうと思ったわけ。その歌手の代表作にならない歌だったら書かない、とかね。そんな邪悪さがないと僕の中の黒い情念が燃えなかった。黒い情念が燃えないと、きれいごとの歌ができる。きれいごとの歌はみんな一時は『いい歌だ』とほめてくれるけど、情念のパワーがないから長く歌い継がれることはない。歌を書くことには、そんな大原則がある」
 言葉の力、情念のパワーについて考えさせられた。

wrote by m-hamada メイン: 13:28

2008年11月29日土曜日

フィギュアスケート・NHK杯に、ジョン・ボルドウィンさんとのペアで出場した井上怜奈さんの言葉

 「私だけが特別、人生のアップダウンを経験したとは思っていない。皆苦労して、強さを試され、乗り越えるから今がある」と。
 20歳で父を肺がんで失い、翌年自分にも肺がんが見つかった。大きな負傷も経験したが、壁を黙々と乗り越えてきたという。そんな井上さんに、ファンから「勇気づけられた」「現役をやめないで」と多くの手紙が届き、1年半ぶりに現役へ復帰。「手紙をもらい、こんなに多くの人が悩んでいるんだ、と改めて感じて。勇気づけられたと言ってくれるけど、それを聞いた私が、倍も励まされている」とも語っている。人間の強さを感じ、心から拍手を送りたいと思った。

wrote by m-hamada メイン: 13:09

2008年11月23日日曜日

ドストエフスキー研究で有名な亀山郁夫・東京外国語大学学長の言葉

 「理想的な共産主義が実現するなら、それに越したことはない。ただし、共産主義は人間の手に負えず、神が実現するものだと思います」と。
 モスクワの高等経済大学で開かれた、亀山郁夫さんとロシアの人気推理作家で日本文学研究者であるボリス・アクーニンさんとの対談の後、聴衆から「亀山さんの政治信条は?」と問われた際に答えた言葉の一部です。11月23日付の毎日新聞に載っていました。深く考えさせられる含蓄のある言葉だなあと感動しました。

wrote by m-hamada メイン: 18:23

2008年11月21日金曜日

日本文学研究家で今年度の文化勲章を受けられたドナルド・キーンさんの言葉

 「受賞に感謝しています。50年以上前から日本文学を研究して、広い層の人に訴えたいと、なるべく分かりやすい言葉で書いてきました。日本語と英語でものを書いて、二つの国で読まれていることを考えると幸せです。ただ、10年前だったらもっとうれしかったかもしれません」と。そして、その理由を聞かれ、「文化勲章に値する人間であることをもう一度証明したい。何か新しい作品を書いて、勲章をくださったことがよかったと証明したい。私は86歳。10年前だったらもっと自信があったのですが」と述べていました。(毎日新聞 11月21日夕刊)
 意欲的な姿勢に感動しました。私自身は46歳。もっともっと意欲的に新しいテーマにも古いテーマにも挑戦して、議員に選出してよかったと思っていただけるようにしなければと、決意を新たにしました。

wrote by m-hamada メイン: 18:47

2008年11月16日日曜日

いのちのバトンと歴史を学ぶ意義

 産経新聞紙上で、高崎経済大学教授・日本教育再生機構理事長の八木秀次さんが、以下のような相田みつをさんの詩を紹介しながら、「なぜ歴史を学ぶことが大切なのか」について寄稿されていました。

 「自分の番 いのちのバトン」
  父と母で二人
  父と母の両親で四人
  そのまた両親で八人
  こうしてかぞえてゆくと
  十代前で 千二十四人
  二十代前では――?
  なんと百万人を越すんです
  過去無量の
  いのちのバトンを受けついで
  いまここに
  自分の番を生きている
  それが
  あなたのいのちです
  それがわたしの
  いのちです

 八木教授は、「一世代を仮に三十年とすれば、二十代前で六百年前、四十代前で千二百年前、六十代前では千八百年前ということになる」として、「ご先祖様の営為を学ぶことで私たちの人生は豊かになる。よりよき人生を送ることもできる。歴史を学ぶ意義はそんなところにあると私は考えている」と結ばれていました。
 相田みつをさんの詩に表れた詩人のまなざしと表現力にも感動しましたが、直接の研究分野ではないであろう詩というものを通して歴史を学ぶ意義を説かれた八木教授の幅広い教養と明晰な頭脳にもさらに感動しました。

wrote by m-hamada メイン: 09:40

2008年10月29日水曜日

高橋尚子さんのお父さんの言葉に感動しました!

 10月28日、女子マラソン金メダリストの高橋尚子さんが引退表明。そのことに対する父・良明さんの言葉に胸を打たれました。「いずれはこういう日が来ると思っていました。しかし人生を80年とすると、尚子の人生は半分も経っていません。時間に例えるとまだ午前11時ぐらいです。これからゆっくりと人生を歩んでいってほしい」と述べていました。親子の深い情愛が感じられ、胸が熱くなりました。人と人とのきずなが大切にされる温かい社会にしていきたいものと強く思いました。

wrote by m-hamada メイン: 18:38

2008年08月19日火曜日

レスター・C・サロー『富のピラミッド』に出てくる言葉

 「秩序を何よりも重んじる社会は、創造的ではありえない。しかし、適度な秩序がなければ、創造性はブラック・ホールに消える」(山岡洋一訳、TBSブリタニカ P.146)
 「知識を高度化し、利用するには、社会に適度な混沌と秩序がなければならない。中国のように秩序の度が過ぎても、ロシアのように混沌の度が過ぎてもうまくいかない。成功している社会は、相反する二つの力のあいだにダイナミックな緊張を生み出し、管理している社会であり、どちらかが行き過ぎることがないようにしている社会である。変化から生まれる混沌を受け入れられない社会では、新しい考え方が抑えられるが、創造的な進歩を最大限に利用するには、ある程度の秩序を維持する必要がある。
 ごく最近の例では、シンガポールとイスラエルという二つの国を思い浮かべればいい。シンガポールは秩序に重きをおき、イスラエルは個人の才能に重きをおく国である。(中略)シンガポールは、資源を動員し、模倣してキャッチアップするという単純な段階はもはや過ぎてしまった。現在の地位からさらに上を目指すには、イスラエル流の個人の才能が必要だ。果たして、それが可能なのだろうか。シンガポールはみずからの弱点を認識し、最近、MITと提携して、創造性に重点を置く技術系大学院の設立計画を発表した。一方、イスラエルでは、個人の才能を十分に利用するのに必要な秩序がないため、才能の一部が無駄になっている。一流とは言わないまでも二流のインフラストラクチャーですら不足しているのは、その一例に過ぎない。」(P.145~146)
 「個人のレベルでは、これと同じ力が、伝統と反逆のせめぎ合いとして表れる。アインシュタインは、15歳で学校を中退し、その一年後に市民権を放棄している。社会的、経済的、道徳的に異端として生き、みずからをジプシーと呼んだが、周りからはボヘミアンと呼ばれた。アインシュタインは、ある意味で、化学の面でも、社会的な面でも、無秩序のなかに秩序を求めた人生を生きたといえる。大いなる創造には、動かせない事実と、大胆な想像力、非論理的な飛躍が必要であり、後に公理に立ち返ることによってその正しさが証明される。これができるのは、反逆心を持つ人だけだ。」(P.146~147)
 「さらに上を目指すには、イスラエル流の個人の才能が必要だ」という指摘と、「これができるのは、反逆心を持つ人だけだ」という考えに驚き、ものごとをここまで深く考えている人がいるのかと感動しました。理論と現実の両方をしっかりと見つめ、思索し検証し理論構築していく、大変な労作業だろうと思い、哲学するとはこういうことではないかと感じました。

wrote by m-hamada メイン: 00:53

2008年05月11日日曜日

アメリカ ソロー協会 元会長のロナルド・ボスコ博士の言葉

 「宗教が人々に精神的啓発を与え、その精神の目覚めが人々に行動を促したとき、宗教がよき方向に用いられたと言うことができるでしょう」。
 「宗教は人間の精神の高揚、そして人間の生命の変革のための触媒の働きをするものである、と捉えております」。
 5月11日付けの聖教新聞に掲載されていた言葉です。冷静なまなざしで論理的に宗教の役割を捉えているように感じ、好感を持ちました。
 ソロー協会とは、アメリカ合衆国の作家であり、思想家・詩人・博物学者でもあるヘンリー・デイヴィッド・ソロー(Henry David Thoreau、1817年7月12日~1862年5月6日)を研究する学者の集まり。ソローは奴隷制度とメキシコ戦争に抗議するため、人頭税の支払いを拒否して投獄されたことがあり、その様子は「市民的不服従」としてマハトマ・ガンディーのインド独立運動やキング牧師の市民権運動などに思想的影響を与えたと言われています。

wrote by m-hamada メイン: 20:31

2007年09月06日木曜日

中国の古典『法言(ほうげん)』に出てくる言葉

 「衆智を尽す者は勝ち、独力で戦う者は負ける」。
 中国の古典『法言(ほうげん)』(鈴木喜一著、明徳出版社)に出てくるもので、天下を争った項羽と劉邦を対比分析しながら述べた言葉のようです。
 深く味わって、心に刻みたいと思いました。


wrote by m-hamada メイン: 14:40

2007年08月28日火曜日

『山月記』に書かれた中島敦さんの言葉

「人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短い」。
ある全国紙に紹介されていた。短編小説『山月記』は、1942(昭和17)年に発表され、この年の12月、中島敦さんは気管支ぜんそくのため33歳の若さで亡くなられたとのこと。命からしぼり出された言葉のように感じられ、心に残った。

wrote by m-hamada メイン: 13:05

2007年08月23日木曜日

西田幾多郎(きたろう)の言葉

 「艱難(かんなん)汝を玉にす、逆境は是れ心を練るの好時節(こうじせつ)なり」。
 調べたところでは、西田 幾多郎(にしだ きたろう、1870年6月17日(明治3年5月19日)~1945年(昭和20年)6月7日)は、日本を代表する哲学者であり、京都大学教授・名誉教授、京都学派の創始者。西田家は、江戸時代には十村(大庄屋)を務めた豪家であったが、若い時は、肉親の死、学歴での差別(東京大学における選科への待遇)、妻との一度の離縁など、多くの苦難を味わった。大学を出た後は、故郷に戻って中学の教師となり、同時に思索に耽り、その頃の考えが温まって、最も著名な著書、『善の研究』(弘道館、1911年1月)に繋がった。同書は旧制高等学校の生徒にとって必読書であった。西田幾多郎が散策した琵琶湖疏水沿いの道は「哲学の道」と呼ばれ、日本の道百選にも選ばれている、とのこと(ウィキペディアより)。
 自身を励ましてくれる言葉として、心に刻みたいと思います。

wrote by m-hamada メイン: 15:00

2007年07月12日木曜日

山田太一さんの言葉に感動しました!

「家族とは何か、家族とはどうあるべきか、という正攻法の議論ではおさまらない毎日の日常がある。この日常を深く問わないこと。大半のことは大目に見て、あきらめることも覚える。あいまいな部分をかかえるのも家族のよさだ。できたらお互いにプラス思考を持ち込めるといい」
「配偶者を裁いていたらキリがない。むしろ完ぺきでないことが家族でしょう。子供の誤りにも、その年ごろ、自分はどうだったかと思い、自分を棚上げにしないこと。社会的には裁かれても別の基準で信じてやれるのも家族しかないと思うんです」
ある全国紙に載っていたシナリオ作家・山田太一さんの言葉です。なんて大きくておおらかで優しいのだろうと感動しました。

wrote by m-hamada メイン: 19:03

2007年03月16日金曜日

正しい認識と判断への努力、自分の頭で考える姿勢に感動!

東京地裁では、ライブドア前社長・堀江貴文被告に懲役2年6ヶ月の実刑判決が下されたが、判決文を読み上げた後の小坂敏幸裁判長の言葉が心に残った。堀江被告を正面に呼び、「ハンディキャップを持った子どもの母親からの手紙が裁判所に届いています」と切り出し、子どもが堀江被告にあこがれ、障害を克服して働き、ライブドア株を買ったと書かれていたと紹介。「判決では有罪と認定したが、生き方すべてが否定されたわけではない。勇気づけられた人がいることに思いを抱き、罪を償って再出発することを期待します」と諭している。世間の空気に左右されず、公正中立な視点から物事を正しく見ようとする姿勢が感じられ、さすがと思った。清々しく、嬉しい気分になった。

wrote by m-hamada メイン: 16:28

2007年01月16日火曜日

50年間の変わらぬ善意に心から拍手!

「夜間の君へ」励まし50年、という見出しの朝日新聞・夕刊の記事に感動した。山田洋次監督の映画「学校」のモデルになった東京都・荒川区立第九中学校の夜間学級にまつわる話で、夜間学級開設の1957年から50年間にわたり、毎月、手紙とともに寄付金を送り続けている人がいるということだ。その人は、福岡県在住の西谷勲さんという方で、現在65歳というから、15歳から寄付金を送り続けてきたことになる。キッカケは新聞に載っていた女子高生の投書で、「家庭の事情で、何回か続けてきた夜間中学への援助ができなくなった。誰か引き継いでくれませんか」との呼びかけに応え、500円のお小遣いの中から300円を送ったことが始まりだという。社会人になってからは500円、千円と増やし、現在は3千円を送っているようで、「仕事で苦しいとき、手紙を書くことで自分も励まされてきた。人のためというより、自分のために書いてきた」との謙虚な言葉にも感動した。「寒いと思いますが、勉強が終わってからの下校は充実感でいきいきした感じではないでしょうか」との言葉を添えて送ったり、「嫌になることもあると思いますが、学力は自分自身の無形の財産です」との励ましの手紙を添えたときもあるという。西谷さんの半世紀にわたる変わらぬ善意を心から称えたいと思った。

wrote by m-hamada メイン: 10:46

2007年01月01日月曜日

大情熱で猪突猛進する亥年に!

「自分が滑っていて感じる気持ちよさを伝えたいけど、それが難しい。感じてきたこと、やりきれなかったことを克服していきたい」。これは、トリノ五輪のフィギュアスケートで金メダルを獲得し、プロに転向した荒川静香さんが年末にプロ1年目を振り返って語った言葉。銀盤だけでなく、女優やキャスターにも挑戦し、フィギュアスケートのいろいろな魅力を引き出したいと、忙しい日々を送っているという。“クール・ビューティー”といわれ、いつも冷静に見えるが、実は氷も溶かすような大情熱を胸に秘めているのだろうと感じた。亥年の本年、荒川静香さんのような大情熱で猪突猛進する一年にしたいと思った。

wrote by m-hamada メイン: 18:08

がんばれ! オシム・ジャパン!!

「W杯が開かれる3年後まで同じ状態で満足するような選手は、代表には残らないだろう。考えることが進歩を助けるはずだ」。サッカー日本代表のオシム監督が2006年を振り返って語った言葉だ。“独特のオシム節”といわれるが、哲学者のようだなあと思った。「世界のサッカーは、目に見えないような小さな歩みであっても、進歩し続けている。それは、日本が大股で歩いたからといって、すぐに追いつけるというものでもない。あまりにも大股すぎると本当の意味で進歩していないという可能性もある。ジャンプという形で世界に追いつけると考えてはいけない」、「希望と実力はかけ離れている場合が多いが、前進する可能性を信じなければならない。信じることが意外な力を生み出す原動力になる場合もある。ただ信じるだけでもダメで、現実にピッチの上でプレーをしなければならない」とも。これらの言葉にも含蓄があり、考えさせられる。すごい監督をいただいた日本サッカーの大いなる活躍を心から期待したい。

wrote by m-hamada メイン: 11:27

2006年12月25日月曜日

大平光代さんの強さ、母の決意に感動!

「母親としての覚悟を決めるには1秒あれば足りた」。ベストセラーになった『だから、あなたも生きぬいて』の著者で、弁護士・元大阪市助役の大平光代さんの言葉。9月に出産した女児がダウン症と合併症の心臓疾患を抱えていることを知った時の心境を語ったものだ。ダウン症に関する本を買い集め、夫婦で猛勉強しながらの子育てを始めており、「子育てのために親が自分を犠牲にしたという重圧を娘に与えないために」と、弁護士活動も再開したという。中学時代にいじめを苦に河川敷で割腹自殺をはかり、その後、非行に走り、16才で暴力団組長と結婚、22才で離婚。「あのとき、よき人生の師と呼べる存在を見つけられていれば」という思いから、「母親というより人生の先輩でいたい。娘が迷った時の『道標(みちしるべ)』になりたい」と決意しているという。人間の強さ、考えの確かさに感動した。奮闘努力する人を心から応援したいと思った。

wrote by m-hamada メイン: 09:50

2006年12月06日水曜日

歴史の見方に感動しました!

産経新聞の連載『真珠湾への道 日米開戦65周年』の6回目に、評論家の鳥居民さんが登場、「海軍統帥部の首脳、軍令部総長がアメリカとの戦いはさきを読むことができない、戦争は避けたいとはっきり言ったならば、対米戦争は起こりえなかったのである」と、自身のお考えを述べていた。特に、内大臣の立場にあった木戸幸一氏が「日本が敗北する恐れのある軍事的冒険を絶対にさけることを第一に考えるのが責務のはずであった」のに、それができなかったとし、その理由を、さかのぼること5年前の「二・二六事件後の粛軍の基本方針」への責任追及の恐れにあったと示しており、興味深かった。一面的ではない多面的な見方で、丁寧に真実の追究をしていくことが大切だと思った。

wrote by m-hamada メイン: 21:54

2006年11月02日木曜日

「心に読書と思索の暇(いとま)を」の言葉を思い出す

"ある部分では秀でていてもトータルの人間性は子どものまま。それで年老いていけるのが現代。大人がいなくなった幼稚な社会ともいえる” 大阪大学副学長の鷲田清一さんの考えを聞き、驚きつつもなるほどなあとうなづく。哲学専攻の副学長はまた「世の中には答えが1つしかないものなんてめったにない。あるのは3つ。(1)正解が複数ある(2)不確定要素があって答えがすぐには見えない(3)いくら問うても人間には答えられない--。終末医療や不妊治療などはどれが正解かなど人間には答えられない。人はこうした問いに囲まれて生きていく」とも語り、「熟考し判断力を養え」と訴えている。「青年よ、心に読書と思索の暇をつくれ」の言葉を思い出すとともに、よくよく心に刻んで気をつけていきたいと思った。

wrote by m-hamada メイン: 23:31

2006年10月20日金曜日

正直者がバカを見ない世の中に!

「汚職、脱税、談合事件などで『上司の指示に逆らえなくて』というケースもたくさんありました。悲しいことです。しかし、罪は罪。古くさいが、罪を憎んで人を憎まずです。人を逮捕することはつらく、不正の追及は楽ではない。それでもやらざるをえないのは『額に汗して働いている正直者がバカを見てはいけない』からです」と。かつて東京地検特捜部で“猛者検事”として知られたという熊崎勝彦さん(64)の言葉だ。不公平感の存在が捜査魂を燃やさせたという。法を守り、社会のルールを維持するためには、強い精神力、毅然とした態度、燃え上がる情熱、そういったものが必要なのだなと感じた。川崎にあっても、「誠実な努力が報われる」という実感がもてるよう、公平感が保たれるよう、議会の一員として懸命に働いていかねばと思った。

wrote by m-hamada メイン: 18:48

2006年10月06日金曜日

キープ・ゴーイング(継続は力なり)の美しい姿!

「今は失敗より、失敗を恐れることを恥とする」。女優の釈由美子さんが“生き恥さらす覚悟で”出演決意したというNHK番組『英語でしゃべらナイト』に、3年半レギュラー出演してきたあとの今の心境という。あこがれの女優、キャメロン・ディアスさんへのインタビューに失敗した悔しさがきっかけとなり、猛勉強したようだ。スタジオで打合せをされている様子を撮った写真の中の、生き生きとした姿を見て、成長し続ける人、進歩し続ける人は美しいなあと思った。挑戦する姿勢をしっかり学びたい。

wrote by m-hamada メイン: 00:05

2006年08月31日木曜日

新しい行動力でまちをよくしたい!

「言葉が言葉として伝わらない歌は歌ではない。歌は、創造的な言語で歌われた時にはじめて世の中を動かす力を持つんじゃないでしょうか」。音楽家・小椋佳さんの発言だ。言葉に徹底的にこだわり、自分の思いをイメージする中で、『愛燦燦(さんさん)』『夢芝居』など、新鮮な言葉を生み出してきたという。表現にかける思い、言葉を吟味する一念に感動を覚えた。公明党も、人間主義や政策実現政党、仕事をする党など、様々な新しい言葉で、真剣でマジメな政治姿勢を表現してきたと思うが、私も、川崎の現状をしっかりと見つめながら、新しい情熱、新しい行動力で、まちをよくする活動を展開していきたい。

wrote by m-hamada メイン: 16:45

2006年07月03日月曜日

言葉の力が伝わる社会へ!

新聞書評欄に、ある作家がマンガ『タッチ』のセリフを読んで登校拒否から立ち直ったと書いていてビックリ。そのセリフとは、「他人の足を引っ張ることしか頭にないから、自分の出番が来ていることに気づかないんですよ」というもので、弟の和也を事故で亡くした達也が柏葉監督に語ったものだ。それを読んだ作家は、イジけて世の中を恨んでいる場合じゃない、自分の出番が来る日を信じて頑張らなければ!と一念発起。たった一言で読者の魂を救ってしまう漫画や小説というものは凄い力を持っているなあと思い、物書きへの道を選んだという。同じような感動の立ち直りドラマが、川崎でもたくさん生まれるように、活字文化を大切にし、小中高校生の読書環境を豊かにしていこうと思った。

wrote by m-hamada メイン: 00:38

2006年06月30日金曜日

よーし、こっちだって、と元気が沸く!

「もらうより 勇気元気は あげるもの」 新聞の川柳欄に載っていた69歳男性の作品だ。人生の大先輩の心意気が伝わってきて、すがすがしい。「まだまだ若いもんにゃ負けませんよ」という声が聞こえてきそうだ。ますますお元気で、と心から声援を送りたい。

wrote by m-hamada メイン: 00:13

2006年06月07日水曜日

新しい挑戦で日本一の川崎へ!

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雑誌で紹介されていた“2400年前の古代ギリシアの哲学者”の言葉。「3種類の人間がいる。死んでいる人、ただ生きているだけの人、そして、海に向かって旅立つ人」と。新しいものに挑戦し続けることが大事なのは、2400年前も今も変わらないのだろう。新しい教育、新しい福祉、新しい行政サービスで、川崎の未来を開きたい。

wrote by m-hamada メイン: 19:01

2006年05月14日日曜日

清新な伝統に拍手!

「型は守れ、しかし、とらわれるな。型破りになれ、しかし、型をこわすな」。京劇の世界に伝わることわざとして新聞で紹介されていた。ほかにも「似ていなければ芝居でない、そのまんまでは芸がない」とあり、相反するようなことをいいながら、精神の緊張を保ち、微妙な頃合い、極意を表しているのかと面白く思った。約200年の伝統を守りつつ、清新さを失わないようにする、京劇の挑戦の姿を心から称えたいと思った。

wrote by m-hamada メイン: 09:49

2006年04月03日月曜日

希望と勇気を与えてくれる田中ウメさん!

「足を失ったこともまた幸せ」。小田在住の田中ウメさんの言葉に胸うたれた。明日・4月4日から川崎駅東口「アートガーデンかわさき」で個展が開催されるが、そのことを報道した東京新聞の中で、「足があったらどこかに出かけてしまい、(書画に取り組む)こんなことはできなかったかもしれません。今は時間がいっぱいあり、打ち込める。足を失ったこともまた幸せ。(前よりも)幸せになったかもしれない」と語っている。何て強い人なのだろう、何て前向きなのだろうと感心。ぜひとも個展を拝見し、あふれるエネルギーに触れてみたいと思った。ますますのご活躍を心から念願する!

wrote by m-hamada メイン: 23:54

2006年03月18日土曜日

非破壊検査の優れた能力を実感!

グランドステージ川崎大師で行われている非破壊検査工業会による調査を視察。レーダーやレントゲンを駆使して、鉄筋の位置や太さ、設置間隔などが調べられるという優れた検査で、あたかも透視したかのように、コンクリートの上に鉄筋の位置を示すチョークが引かれていた。完成後でも鉄筋の様子が手に取るようにわかってしまうのだ、ということをキチンと社会へアピールできれば、いわゆる手抜き工事への強力な抑止力になるのではないかと思った。非破壊検査の活用の機会がますます広がっていくよう応援していきたい。

wrote by m-hamada メイン: 20:34

2006年02月25日土曜日

人生の金メダリストに拍手!

トリノオリンピック・女子フィギュアスケートで銅メダルに輝いたスルツカヤ選手の「ザッツ・ライフ!(それが人生だ!)」という言葉に感動した。母の看病や自らの自己免疫疾患という難病と闘いながら、オリンピックに出場。インタビュアーが「大変でしたね」とマイクを向けたときに、キッパリと答えた言葉だ。困難に真正面からぶつかり乗り越えてきた27歳の堅い決意、闘争心を感じた。ますますの活躍を祈り、心からエールを送りたい。

wrote by m-hamada メイン: 13:47

2006年01月23日月曜日

栃東、おめでとう!

「けがをして挫折しながら、こうして戻って来られ、うれしい」との言葉が心に響いた。すでに次の綱とりへ照準を合わせているからか、控え目な喜び方を示しているが、足跡をたどると、3年前の優勝のあと、肩とひざを痛め、一昨年は2度大関から陥落し復活、そして、カド番優勝。地道な努力の人であることがわかる。来るべき春場所でも、努力が実を結び、「日本人横綱誕生!」のニュースにつながるよう、心から念願する。

wrote by m-hamada メイン: 22:53

2006年01月13日金曜日

気迫に満ちた消防出初式

「さすが、消防団!」と感心。東扇島の岸壁で行われた出初式だったが、吹きすさぶ寒風をものともせず、きびきびした態度と気合の入った声が響いた。あの火災現場に立ち向かうのだから、日ごろから真剣勝負で訓練しているのだろうなあと心強く思った。

wrote by m-hamada メイン: 13:53

2006年01月03日火曜日

拉致問題の早期解決を!

「赤ちゃんが2人も来たよー」 双子の弟が生まれたとき、当時4歳の横田めぐみさんがこう言ってはしゃいだと、母・早紀江さんが産経新聞で語っている。それはもう大変で、ベランダの物干し3列はすべて布おむつで埋まっていたが、幸せだったとも。川崎市民でもある横田さんご夫妻の思いが伝わってきて、胸が熱くなった。拉致問題の一日も早い解決を心から念願する。

wrote by m-hamada メイン: 11:57

2005年12月06日火曜日

しっかり学ばねば!

「少(わか)くして学べば壮にして成すあり、壮にして学べば老いて衰えず」。大先輩が教えてくれた言葉。

wrote by m-hamada メイン: 21:11

2005年10月20日木曜日

野に咲く花のようにコンサート!

教育文化会館にてダ・カーポのコンサートを聴く。歌の上手さもさることながら、軽妙なおしゃべり、家族のお話、奥様が病気になられた時の苦労話などなど、笑いと涙と感動のあるトークがほのぼのとしていてとても良かった。ますますのご活躍を、と心から念願した。

wrote by m-hamada メイン: 20:10

2005年10月08日土曜日

実りの秋の芸術祭!

小田小学校での「田島老連・演芸大会」に出席。夏のような日ざしのなかにも秋らしさを感じた。「秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」(藤原敏行 古今集)の和歌を思い出す。芸達者な皆さんのイキイキとした姿、自慢ののどを披露する壮年の懸命な様子に、「芸術の秋」と「華やかで盛んな人生の秋」を見させていただいた気分になった。

wrote by m-hamada メイン: 19:34

2005年09月19日月曜日

いつまでも賑やかな語らいをと敬老の日を祝う!

敬老の日を前にして、朝日新聞のかながわ歌壇に読者が詠んだ短歌が載った。「ほら、あの、と ことばをさがす やりとりが くりかえされて けふも泰平」という短歌だ。私も言葉が出てこなくて「ほら、ほら」とか「あれ、あれ」などと言うことがあるが、年配の皆さんのそうやって言葉をさがしながら賑やかに語らいを重ねる姿、そして、そんなやりとりの後で「きょうもいい一日だなあ」としみじみと感じておられる様子。そんなほのぼのとした風景が浮かんできた。ますますのご健勝を心からお祈りしたい。

wrote by m-hamada メイン: 19:46

2004年06月12日土曜日

西田まことさんの時局講演会に出席

hare.gif 日本IBM時代の同僚と埼玉での講演会に出席。感動的な素晴らしい会合だった!

wrote by m-hamada メイン: 15:48

2004年03月25日木曜日

岡山・松山を視察

hare.gif 岡山では稼働率が日本一と言われている音楽ホールを、松山では「坊っちゃん」 をフル活用した観光の取組み振りを見学。「わが町」を愛し、より良くしようという情熱を、ひしひしと感じた。負けていられません!

wrote by m-hamada メイン: 15:44

2004年03月07日日曜日

はまよつ議員を囲む会

hare.gif 小杉で「はまよつ敏子参議院議員を囲む会」を開催。いつもながらの歯切れが良く、勢いのある 「はまよつ節」に、会場が沸きかえった。

wrote by m-hamada メイン: 15:41

2004年01月31日土曜日

佐藤ヨネさんのお通夜

kumori.gif ご会葬の皆さんの言葉から、 たいへんに面倒見がよく、地域の多くの皆さんに愛され、信頼されていたことがよくわかり感動。深く心を動かされました。

wrote by m-hamada メイン: 15:38

2003年11月29日土曜日

ガンバレ、成田さん!

hare.gif シドニーとアトランタでのパラリンピックで水泳の金メダルに輝いた成田真由美さんの講演会が地元・東小田小学校で開かれ出席。 ご本人は「ただの負けず嫌い」と言っていたが、意志の強さ・固さがビンビン伝わってきた。障害者が過ごしやすい街づくりをしなければ、と決意した。

wrote by m-hamada メイン: 15:29

2003年11月02日日曜日

官民格差を実感!

hare.gif ある電気店の朝礼に参加し、年金の現在と未来についてごあいさつさせていただく。開店準備に励むキビキビした行動と真剣なまなざし、緊張感にあふれた空気が実にすがすがしかった。民間から素直に学べる官業へ向け、大いに発言して行きたいと思った。

wrote by m-hamada メイン: 15:26

2003年10月22日水曜日

体全体で表現する合唱に感動

hare.gif 川崎市文化賞を元参議院議員の斎藤文夫先生が受賞するとともに、母校・多摩高の合唱団が受賞した。 贈呈式のあとの懇談会で、最後に合唱が披露され、体を揺らしながらの懸命な合唱の姿に感動の輪が広がった。 青少年のひたむきさをこれからも応援して行きたいと思った。

wrote by m-hamada メイン: 15:25

2003年09月05日金曜日

すばらしい中学校給食!

hare.gif 枡形中学校の中学校給食を視察。新しい「ランチサービス方式」で6月にスタートしたばかりだが、 教職員をはじめとする皆さんの懸命の努力で、すばらしい中学校給食になっていることを実感。来年度の全校実施をぜひとも実現したい。

wrote by m-hamada メイン: 15:19

2003年08月04日月曜日

20数年ぶりに再会!

hare.gif 田島支所でなつかしい人にバッタリ再会。かつて中学生の3年間、 毎週のように日曜日に弟と味噌ラーメンを食べに行っていた浜町商店街の中華料理店のお母さんだ。 20数年間のお話を30分ぐらいでワーッと聞いたあと、年金で悩んでいるというのでいっしょに調べに行くことに。縁というのは不思議なものだなと思った。

wrote by m-hamada メイン: 15:15

2003年05月28日水曜日

新人議員研修会で決意!

hare.gif 3日間にわたる「市役所主催の新人議員研修会」の初日、この4月1日にオープンしたばかりの 『特別養護老人ホーム・みやうち』を見学し、その見事さに感動。超高齢化社会へ向け、同様の施設をさらに増やしていかなければと思った。

wrote by m-hamada メイン: 14:56

2003年04月13日日曜日

初当選!

hare.gif 6759票という大変なご支持をいただき、初当選!  6759人のご期待にしっかりお応えしてまいります。

wrote by m-hamada メイン: 14:51

2003年01月29日水曜日

朝の駅頭での街頭演説

hare.gif 7時45分ごろに風向きが変わることを発見。日射しの強さが関係しているのだろうか。風があると体感温度が2~3度下がるような気がする。

wrote by m-hamada メイン: 14:46

2002年10月05日土曜日

街頭演説

hare.gif スーパーの前で街頭演説。熱心に聞いてくださるご婦人がおり、「よかったよ」 と拍手していただいた。感激!

wrote by m-hamada メイン: 14:28